FREIHEIT!

さくのゆず

序 章 標的

‐Ⅰ‐



 ——今日の風は、何だか、気持ちが悪い。


 たまらず、アイリアは駆け出した。目指すはこのの見張り台だ。

 綺麗な銀色の髪を腰まで伸ばして二つに結わえているため全速力で走るとピョンピョンと跳ねるが、気にしない。

 とにかく今はこの胸騒ぎの原因を突き止めるのが先だった。


「——アイリア、どうしたんだ?」


 走っている途中で、右手に工具箱を持ち、紙面とにらめっこをしていた同じ銀色の短髪の長身の男に呼び止められた。——幼馴染のイルミンである。


「なんか、風が変なの・・・」


「変って・・・」


「何かが、来る」


「え——本当か・・・!?」


 イルミンはすぐに顔色を変えた。


「お前が言うなら、なんかあるんだろうな。俺は全然感じないけど・・・」


「とにかく——急ごう・・・!」




 ここは、ヴァンダーフォーゲルと呼ばれる大きな空飛ぶ船の上。

 人々はこの船を『空飛ぶ島』と呼んでいた。甲板にあたる箇所が自然豊かな木々や草花が生い茂っている為、空を飛んでいると島が浮いているように見えることからその異名がついた。

 甲板より下は三階層になっているが、部屋を寄せ集めたような歪な形をしている。まるで地面ごと地下にある秘密基地をそっくりそのまま運んでいるような不思議な飛空船だった。


 アイリア達は船の甲板の先端にある見張り台へと向かった。

今は甲板の一つ下の階の船尾に居るので、割と距離がある。途中で何人かとすれ違った気がするが、アイリアはただひたすらに走った。

  息を切らしながら見張り台の下に辿り着くと、そのまま細長い棟につけられた梯子を駆け上り、腰まである壁の淵に登って更に高い位置から辺りを見回した。


 分厚い雲海がどこまでも広がっているだけで、風は穏やかだ。

 だが、髪を撫でる風がやはりどこか気持ち悪い。この胸騒ぎは何なのだろうか。


 考え込んでいるアイリアの後に続いて梯子を登ってきたイルミンが、彼女の挙動にギョッとして声を上げた。


「お前・・・っ!あ、危ないだろ!?」


壁の向こう側に落ちれば地上へ真っ逆さまだ。


「これくらい平気よ」


 イルミンの心配を余所に、アイリアは雲の向こうをじっと見つめながら答えた。


「・・・何か見えたか?」


 落ちないか気が気でなさそうだが、イルミンも同じように雲の向こうに目を凝らしながら問うた。

 アイリアは首を横に振る。


「・・・いいえ、何もないわ。気のせいだったのかしら」


「そうかもな。あー、とりあえず、いい加減そこから降りろ。アイリア」


 不服そうなアイリアにイルミンは両手を差し伸べる。

 もう我儘は聞かない、と目で訴えているのを感じ、わかったわ、とアイリアがイルミンの両手を掴み、降りようとした——その時だった。


——ドゴンッ!!!

船全体にかなり大きな衝撃が走った。

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