30-18 : 流れ星

「ホロホロホロ……」



 105つの流れ星となって高速で編隊飛行する“イヅの騎兵隊”を追いかけ回すようにして、“黄昏たそがれの魔”が滞空したままクルクルと旋回する。


 業火の熱線がベルクトたちを撃ち落とそうと乱発されるが、光の帯を引いて自在に飛び回る編隊はそのたびに全てをかわし、封魔結界を展開しながら浮遊する“封魔盾フリィカ”が直撃を許さない。


 ゾンッ。と、またも“改竄かいざんリザリア”から闇があふれ出すが、そこに合わせてゴーダが“運命剣リーム”を一閃いっせんすれば、相反する力が相殺されて霧散する。


 “イヅの騎兵隊”の編隊が稲妻のような鋭角の軌跡を描いて“黄昏たそがれの魔”の傍らを超高速でかすめ飛んでいく。“蒼鬼あおおに・真打ち”にまとった蒼の波動と竜の爪閃そうせんが、魔を斬り刻む。



「ホロホロッ……!」



 3対6枚の翼に斬痕ざんこんが刻まれ、再生するよりも速く瓦解していく身体の変化に揚力が対応しきれなくなると、“黄昏たそがれの魔”は宙に浮いたまま横倒しになった。


 その足下の急激な変化に、魔の首元につかまっていたシェルミアとエレンローズはたまらず空中へ放り出される。


 “封魔盾フリィカ左腕”をゴーダに託したエレンローズが、吹き荒れる風の中を落ちていく。



「エレンーッ!」



 “改竄剣かいざんけん”によってなかったことにされた未来の一場面にいて、同じように宙に放り出されたシェルミアを受け止めたのはエレンローズであった。


 彼女たちが切り開いた新しい未来で、エレンローズの右手を握り締めるのは、今度はシェルミアの役目。



「もう、貴女あなたを放しません……絶対にっ!」



 自由落下の中で、シェルミアがエレンローズの腕を引き寄せる。そして全てを失った元姫騎士は、死後も切れない誓いで結ばれた守護騎士の身体をぎゅっと抱き締めた。



「……!」



 それをされたエレンローズの顔面が、ボッと蒸気が噴き出すほどに真っ赤に染まる。


 真っ逆さまに落ちていく2人を追って、大地を駆け抜けるのは“大回廊の4人の侍女”。猛烈な疾走速度であるにも関わらず口許くちもとの表情を一切変えず、汗の1つも流さず目標地点へ到達すると、侍女たちの内の2人がスカートをまくり上げて回し蹴りを放った。


 その後ろから、先の2人の頭上を飛び越えて、残りの2人が宙返りする。そして神業をすら越える超精密な同期でもって、回し蹴られたヒールの先端にヒールを乗せると、2人の侍女は猛烈な勢いで空中へと飛んだ。


 砲弾のように打ち出された2人の侍女が、地面に直撃する直前でシェルミアとエレンローズを受け止めて華麗な着地を決める。



「……っ……」



「あ、ありがとうございます……」



 侍女たちの大跳躍を目の当たりにして、シェルミアとエレンローズがそろって目をしばたたいた。



「――とんでもございません。主を影からお支え致しますのが、侍女の役目にございますので」



 “大回廊の4人の侍女”が、声をそろえて優雅にペコリとお辞儀した。


 と、そこに赤黒い影が差す。


 真紅の巨人。“黄昏たそがれの魔”の流血から異形の人形どもが続々と湧きで、シェルミアたちに迫りつつある光景が広がっていた。


 “大回廊の4人の侍女”がさっと二人の前に並び立つと同時に、エレンローズも右腕1本で“守護騎士の長剣”を抜いてシェルミアを背にかばう。



「私も……まもられているばかりにはいきません!」



 シェルミアがさっと腰にげたさやに手を伸ばしたが、そこに“運命剣リーム”はない。



「シェルミアぁ!」



 彼女が表情を渋くした瞬間、シェルミアの耳に自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。



「こ、い、つ、をぉ!……受けとっれぃ!」



 ガランの怒鳴り声と、“大回廊の4人の侍女”が真紅の巨人たちに向かって飛び出したのと、エレンローズが“守護騎士の長剣”を振ったのと、“それ”がシェルミアの手に収まったのとは同時の出来事だった。



「!! ……っはぁぁぁあっ!」



 考えるよりも先に、シェルミアの全身が反応して抜いたのは、ガランが投げ寄越よこした一振りの刀。


 剣士としてのシェルミアの才覚が、頭で理解するよりも先に、本能でそれの扱いを悟る。


 一息遅れて抜刀されたシェルミアの居合い斬りは、気付けばエレンローズの剣と同時に真紅の巨人を斬り倒していた。



「ほいせぇっとぉ!」



 それを追って飛び入ってきたガランが、全身に燃える血管を浮かべて殴る蹴るの大暴れをやってみせれば、周囲に黒焦げの人形たちが山となって積み上がる。



「ふっふーん! やっぱしこの場で一等喧嘩けんかが上手いのはワシじゃよなぁ。乱闘騒ぎの先頭はこの“火の粉のガラン”が独り占めじゃい、ガハハハッ!」



「あら、それは聞き捨てなりませんわね」



 真紅の巨人の第一波を退けてふんぞり返っているガランの頭上、張り合うようにして言ってきたのはローマリアの声である。



「一応わたくし、戦人いくさびととして貴女あなたより上の立場なのですけれど? このローマリアを差し置かないでいただけて?」



 物理的にもガランの上を取っている魔女は、まるでそこに見えない椅子でもあるかのように、腰掛けた姿勢で宙にふわふわと浮いていた。



「むっ? ふふん、なぁにを言い出すかと思えば! お主は拠点防衛専門じゃろがいローマリア! ここは“イヅの大平原”! ワシらの庭じゃ、何度も言わすな! 後ろで転位魔法の支援をしとれ! しっし!」



 最前線にまで上がってきたローマリアに向かって、ガランが手を払う。魔女は後衛に回れと、追い出すように。


 それを宙に腰掛けながら見下ろした魔女の目に、チリッと危うい感情が浮き出た。



嗚呼ああ、そうですか……こんなに盛り上がっていますのに、ここが“星海の物見台”ではないから、わたくしはお払い箱、と。ふぅん……そぉ」



 ひどく不満そうにそれだけ言うと、“三つ瞳の魔女ローマリア”はおもむろに右手を挙げて――パチンと指を鳴らしてみせた。


 魔力が粒子の形を成して、魔女の色香に誘われた蛍のように集まっていく。その瞳の色にも似た翡翠ひすいの光が、みるみる内に輝きを強め……。


 ……。



「――どぉです? これなら文句なくて?」



 可憐かれんな仕草で脚を組んでみせたローマリアは、いつの間にか宙にではなく、白い構造体の壁面に腰掛けていた。


 ふわりふわりと魔女の周囲を漂い巡っているのは、何十冊もの魔法書。



「拠点防衛専門の守護者……えぇ、えぇ、その通りですわ。ですからたった今からこの最前線が、“わたくしの拠点です”」



 そうして“イヅの大平原”に“星海の物見台”そのものを転位出現させ、魔女は勝ち誇るように言ってみせた――その言葉を口にしつつ、片手の指先一本で真紅の巨人の第二波を爆散させながら。



「は、はへぇぇ……守護者っちゅうのは、ほんに……無茶苦茶むちゃくちゃな奴らばっかりじゃぁ……」



 夢にも思わなかった展開に口をあんぐりと開けたガランは、そそり立つ“星海の物見台”を見上げながら、呆気あっけに取られる余りに鼻水まで垂らす始末であった。



「ふふっ、分かればよろしいのよ、ガラン?」



 クスクスと悪戯いたずらげに笑ったローマリアが、天を見上げる。


 “イヅの大平原”に垂れ込める曇天に、翡翠ひすいの左瞳に、想いを寄せて。



「さあ、ここはわたくしたちが引き受けますわ――終わらせていらっしゃい、ゴーダ……」



 光となったゴーダと“イヅの騎兵隊”が、雲間へ吸い込まれるように急上昇していく光景が見える。


 遠く、遠く……誰の手も届かない、空の果てへと。


 それを追いかけて、“黄昏たそがれの魔”がバサリバサリと巨体を浮上させていく。


 やがてゴーダたちも“黄昏たそがれの魔”も、厚い雲の向こう側へと見えなくなって――それから何が起きたのかを知る者は、地上には誰もいなかった。

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