30-16 : 虚無と絶望に……灯る光(2/2)
――それは、250年前。
――“空白地帯”と呼ばれた、“宵の国”は極東国境外地域。
濃い霧の立ちこめる広い広い平原に、
何ものも寄せ付けず。
心を、その身にも似た堅い鎧の内に
吹き抜けていく風と、時折降りしきる雨の中を。昼と夜を。夏と冬を。
その繰り返しの中を、ただそうであるままに。
百とわずかの同胞たちは、皆、世界の形を知らない。
この霧に隠れた白い世界だけが、
それはとても孤独なことだった。
永い永い孤独。
心に
霧に
“それ”が一体何なのか――“それ”を与えられたことのない
そんなある日。
霧の向こうからやってくる影を見た。
ボロボロの殻を
とても孤独な人影だった。
ゆらり。
ボロボロの人影が、霧越しに剣先を向けてくる。
人影が敵意を
剣先はこちらに向いている
まるで目には見えない剣を、何本も自分で自分の身に突き立てているような――そんな
小さな人影が抱えるそれは、孤独。
――ああ、その
「“果て”と呼ぶのなら……この場所が
人影の声が、誰に向けられる訳でもなく、霧の中に吸い込まれていく。
ついぞ揺れたことのない、
――この白い地に、何を求めてやってきた。
「……さぁ、始めようか……“終わり”を……」
――なるほど。その
――いいだろう。お前の内に、面白いものが見れた。岩のようなこの心に、いつぶりかの
――私たちが、何を求めているのかは分からないままだが……お前の求める“終わり”、この私がくれてやろう。
そうして
「……」
『……』
両者が、初めて互いの姿をまじまじと見る。
……。
……。
……。
「……『――』……」
……。
――何だ?
……。
――何だ……“それ”は?
***
ゴーダの“魔剣”に心臓を貫かれたベルクトの身体から、光の粒が舞い上がっていく。
光の粒はやがて集合していくと、それは人の形を成して、ゴーダのよく知るベルクトの姿がそこに浮かび上がる。
――ゴーダ様。
光の粒でできた両腕をゴーダの首元に回して、ベルクトが主を優しく抱擁する。
心の底から、親愛を込めて。
――250年前の、あの日。私たちは、
ずっとそうしたかった我慢を今だけは解いて、頬ずりする。
――
光の粒でできている身体は、声を出すことができなかった。だからベルクトは、ゴーダに身を寄せるその仕草で、精一杯の感謝を伝える。
――ありがとうございます……私たちを、
そして光の粒が、ベルクトの形を崩し始める。次第に
――だからこれが……250年がけの、私たちから
……。
……。
……。
――ゴーダ様……大好きです……私たちは、
……。
……。
……。
……。
……。
……。
――私たちに、生まれて初めて「名前」をくれた、
……。
……。
……。
「さぁ……――」
……。
「――
兜を失った“魔剣のゴーダ”が、漆黒の騎士ベルクトの残したひび割れた兜を被る。
そして――“
***
「――はあぁぁぁぁぁっ!」
“
彼女の駆ける“
異形の細腕が群れを成して、シェルミアの眼前に迫る。
が、それを前にして、彼女は恐れも不安も抱かなかった。
――『シェルミア様!』
その背中を押すように、エレンローズの声が聞こえる。
耳にではなく、胸の内に直接届いてくる声で。
――『ここは、私に!』
エレンローズの、“守護騎士の長剣”の剣閃。弱さと絶望を乗り越えてきたその剣筋に、寸分の迷いもありはしない。
――『行って、下さい! “
左腕の封魔の義手に、ドンと背中を強く押し出された。守護騎士のありったけの想いを預かり、シェルミアが跳ぶ。
足下に、“
「ああぁぁあああっ!!」
両手に握った一振りの剣を、空中でシェルミアが振り上げる。
……。
……。
……。
――欲シイ……。
それは“
シェルミアの影に潜んだ“原初の闇”の
――使エ……“運命剣リーム”ヲ。開ケ、我ガ前ニ、“次元ノ海”ヲ。
シェルミアが、振り上げた両腕を振り下ろし――。
――“未来”ヲ、闇デ、塗リ潰ス……。
……。
……。
……。
そして彼女は――“運命剣リームを、手放した”。
――……ナニ……?
……。
……。
……。
“運命剣リーム”は。
その古剣の形をした魔導器の力は、誰もが使えるものではない。
それを振るうことができるのは、「運命を切り開ける者」のみ――どんなに心砕けても、魂の根元だけは絶対に砕け散らない、どうしようもなく、諦めの悪い者のみ。
そんな者にだけ、“運命剣リーム”は世界を見せる。
あの万華鏡のように広がった未来を。
現実として生まれ落ちる以前の世界を。
それを収束させるのは、“運命剣”の力ではなく――
……。
……。
……。
「ゴーダ卿ぉぉぉ!!」
“運命剣リーム”を宙に投げたシェルミアが、声の限りに叫ぶ。
同じ時の繰り返しが、繰り返されない
ならばなぜ、その結末が変わったのか。
……何のことはない。
そこは既に、“違う未来”だったというだけのこと。
「
世界を収束させるのは、“運命剣”の力ではなく――未来に向かう、人の想い。
……。
……。
……。
光が。
ガシリッ。と、シェルミアの託した未来を
「しかと……受け取った!」
そして無数の光の粒に包まれて、“
……。
……。
……。
そも――。
その座には、
その
――“宵の国”最強――。
彼は“宵の国”の守護者の“誰とも戦わずして”、その称号を得たのである。
なぜか。
250年前、彼がたった1人で、手にしたからである。
何を。
当時の“宵の国”最強の
“宵の国”極東に広がる、“空白地帯”と呼ばれた、無国籍地帯を。
今は、“イヅの大平原”と呼ばれる、この地を。
……。
……。
……。
この地にはかつて、何ものも及ばぬ存在があった。
人間とも魔族とも異なる、もう1つの“国を持たない種族”があった。
絶対的な力を誇ったその種族を恐れ畏れたかつての人間と魔族は、それを固有の名で呼ぶことすら許さなかった。
その種族が産み落とす命の実を、人間だけが“石の種”と呼び、災いを呼ぶと忌避した。
“石の種”の存在を知らぬ魔族は、その種族の成体を指して、かつて北の地に栄えたという帝国を滅ぼしたものたちを、こう呼んだ。
……。
――“災禍の血族”と。
……。
……。
……。
“運命剣リーム”を手にしたゴーダを
その数、105つ。
250年前、“魔剣のゴーダ”によって魔族の器へと封じられた存在たちが――自ら望んで彼の部下となった者たちが――王者の姿をここに見せる。
神々しくさえもある、その勇姿を。
……。
背には2対4枚の、天使のような輝く翼。
すらりと引き締まった胴。その倍の長さはある細い尾の先に、もう1対の翼が踊る。
“暗黒”騎士の由来――全身を覆う漆黒の
頑強な手足に生えた4本の爪は、この世で唯一、自身の
消えた伝承に「岩から生まれる」と記された
……。
――「竜」。
この世界には存在しないその言葉で
永い時を白い霧の中に
ゆえにそのものらは、いつまでも暗黒騎士とともにある。
……。
……。
……。
『……
……。
……。
……。
“魔剣のゴーダ”をその背に乗せて、輝く翼で曇天に光の尾を引き、黒竜が
――“古き東の主ベルクト”、降臨。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます