30-11 : “誰か”に向けて
「ホロホロホロ……」
標的を完全に“大回廊の4人の侍女”へ移した尾が、地表を削りながら襲いかかる。
一撃でも
「――屋外での舞踏の経験はございませんが、存外、開放的でよろしゅうございます」
――コッ。カッ。
小気味の良い、四重のステップが響いた。
“大回廊の4人の侍女”が、“
せせらぐ
“
あまりにも、
――コッ。
そして夢のようなひとときが、舞い終わる。
「――お粗末様にございました」
“大回廊の4人の侍女”が、“
暴れ回っていた四つ又の尾が破裂したのは、それと同時のことだった。
不可視の神速に達した侍女たちの蹴りが、とっくに“
「ホロ……ッ」
強力な武器であった尾を破壊された“
そのとき、ビュワと突風が吹き荒れた。
逆巻いた風に、フワリ。と、ガランの眼前で“大回廊の4人の侍女”のスカートが一斉に
全ての秘密が、
「……っはあぁぁ……大っ胆じゃあ……」
時が止まってしまったかのようにあんぐりと口を開けたガランは、目の前に広がった眺望に陶然と
一拍遅れて、侍女たちがさっと舞い上がったスカートを押さえ込む。
「――これは粗相いたしました。お目汚し、お許し下さいませ」
恥じらいも動揺も見せず、何食わぬ顔でさらりと言ってのけた“大回廊の4人の侍女”を、ガランがプルプルと震える指で差す。
否、侍女たちをではなく、その背後を。
その指を追って皆が振り返ると、そこには。
バサリッ……バサリッ。
広範囲に
バサリッ……バサリッ。
これまで翼の形を模倣するばかりでついぞ本来の機能を持たなかったそれが、ここにきて
「む、
吹き付ける暴風に飛ばされまいと岩にしがみつき、ガランが圧倒された声を漏らす。
その横で“大回廊の4人の侍女”は、足下の岩盤にヒールを突き立て、表情も変えず無言でスカートとベールをそれぞれ手で押さえている。
女鍛冶師の
「ひぇぇぇ……こんなモン、どうせいっちゅうんじゃあ……あんな
褐色の肌に浮かぶ汗は、流れる端から“
が、そこに浮かんでいる表情には、不敵に笑う悪童のそれが混ざる。
「“……まぁ、仕事は上手くいったわい”。ワシらはお役御免じゃあ、ガハハハハ!」
――ビュオッ!
そのとき一際猛烈な嵐が吹き
「のぎゃああぁぁぁぁ……――」
吹き飛ばされた女鍛冶師の姿が、あっという間に“イヅの大平原”の
それでも負けじと、ガランの大声が嵐の中に木霊した。
「……――かましたれぇい! シェルミアぁ! エレンローズぅ! ひょえぇぇぇぇ……!」」
***
ガランの陽動が“
作戦の立案も、示し合わせも不要。各々がただ、自らにできることを果たすのみ。
彼ら彼女らの目的は、その始まりからたった1つ。
“
“
「はあぁぁぁぁぁっ!」
“
“原初の闇”。過去の事象をなかったことにできるというその存在に想いを巡らせると、彼女の胸のずっと奥深い所で、チクリと小さな痛みが走る。
“明けの国”を統べる王家の“一人娘”として生まれた
シェルミアは、己を奮い立たせる
忘れ果てた夢の内容を思い出そうとでもするような、それはそんな
しかし、たとえ無意味であろうとも、シェルミアはその想いを止めない。
――私には、あの
彼女の駆ける“
――その“誰か”のこと……私は、きっと、嫌いだったのだと思います……。
……。
――嫌いで……それと同じくらい、大好きで……大切だったのだと思います。でなければ……こんなに胸が苦しくなる
もう何も思い出せない――そもそも最初から存在もしていない“誰か”に向けて、シェルミアは胸の内に語りかけ続ける。
――“あなた”の存在した事実が、
剣を改めて握り直す。そこに己の使命を感じて。
あの黒い剣が、過去を
この大戦は、宰相ボルキノフが手引きしたこの争いは、どこまでが人間と魔族の犯してしまった過ちで、どこからが“
絡み合った人の想いが“
“
今この瞬間にも、新たに誰かのことを永久に忘れ果てていないとも言い切れない。
この時点から過去の全ては、あの黒い剣の
そんなことを許してはならない。
シェルミアは想う。
起きてしまったことをなかったことにすることは、決して現在をよくすることには
今この場に自分が居合わせていることに、シェルミアは確かな意味を感じる。
“運命剣リーム”――この宝剣をこの時点、この場所にもたらすことが自分の存在理由だったのだと確信する。ここに集った者たちの、それが巡り合わせ。
異形の細腕が群れを成して、シェルミアの眼前に迫る。
が、それを前にして、彼女は恐れも不安も抱かなかった。
――『シェルミア様!』
その背中を押すように、エレンローズの声が聞こえる。
耳にではなく、胸の内に直接届いてくる声で。
――『ここは、私に!』
エレンローズの、“守護騎士の長剣”の剣閃。弱さと絶望を乗り越えてきたその剣筋に、寸分の迷いもありはしない。
――『行って、下さい! “
左腕の封魔の義手に、ドンと背中を強く押し出された。守護騎士のありったけの想いを預かり、シェルミアが跳ぶ。
足下に、“
「ああぁぁあああっ!!」
両手に握った一振りの剣を、空中でシェルミアが振り上げる。
“
未来をその手で、切り開く
「――“運・命・剣”!!」
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