30-3 : 昏き瞳の開くとき
――。
――“宵の国”、中央……“
この世の最果て。世界から切り離された場所。
誰の
「……」
そんな彼女の姿を、壇上の玉座から何も言わずに見つめている者がいる。
“宵の国”の絶対君主にして、神代より続く
大理石のような白い肌に、それにも増して
「……涙は、止まらぬか。シェルミア」
感情の欠落した声で、魔族の王が問いかけた。
「……っ……」
シェルミアは、ただその言葉に
解けた長い金髪の中に混じる黒いものは、禁呪にその身を
美しく澄んだ
「っ……玉前での、無礼……面目、ありません……“
精一杯に
「構わぬ。“原初の闇”が、余を
ふっと、リザリアは何かを思うように嘆息する。
「
全てを
決して滅することのできないその闇を己の感情と引き換えに封じる王の、それが義務であり、とうに消えた情念の名残だった。
「“
泣き崩れるように、頭を垂れるように、シェルミアは深く深く顔を伏せた。
「……
***
それからどれだけの涙が流れたろうか。
あれからリザリアは一言も口にせず、
やがて、シェルミアが自らの足で玉座の間に立ち上がるのを見届けて、リザリアは能面のような
「……ゆくか、“明星のシェルミア”よ」
魔族の王から名を呼ばれた人の子は、もう悲しみに暮れてはいない。
「はい」
シェルミアははっきりと、ただ一言だけそう言った。
「人の王に届き得なんだその器を
「ただ、友の下へ。私を待っていてくれる、大切な人たちの所へ」
これまで終始、
「友と、大切な人と呼ぶその者らを従えて、汝は何を
リザリアに問われたシェルミアは、首を横に振る。
「従えなど、しません。私は、全てを失った、何も持たないただの女です。私は皆の横に並んで、歩いていきます」
それを聞いたリザリアが、優雅にやんわりと
……。
「シェルミア――その先に、何を望む?」
そして、最後の問いを受けて宵の玉座を見上げた“明星”の目に――迷いは、ない。
「……たとえ何もなくなってしまっても……たとえ永遠に
……。
……。
……。
「――誰も悲しまない、幸せな世界でありますように」
***
「――む」
リザリアの金属光沢を放つ瞳が
「……“
左手で頬杖を突いたまま、リザリアが右手を軽く挙げてシェルミアの言葉を切る。
「
“
「余の“原初の闇”で
「“人の呪いが造り得たその剣”……
「……」
その声が指し示す先へ向かって、シェルミアがゆっくりと振り返る。
由来の分からない胸騒ぎが、止まらなかった。
……。
……。
……。
一振りの、真紅に塗り潰れた剣が在った。
静止と静寂に満たされた、この世の果てたる玉座の間に
それを生み出した者は――凶王の器を抱いて生まれた、かつてのシェルミアの片割れだった人は、もう歴史上に存在しない。
ならば凶王の器の具現たるその呪剣もまた、そもそも初めから在りはしないが道理。
しかし、その道理をすらねじ曲げて、血に
――“人造呪剣ゲイル”。
「これ、は……この剣は……?」
シェルミアには、それが何なのか分からない。本来それは、夢にすら見る
「シェルミア。下がっておれ」
宵の玉座に身を沈めたまま、リザリアが有無を言わさず命じた。
「
リザリアの言葉に、シェルミアはただ従う
後ろへ下がったシェルミアの視界。その両端に、“
絶対的に
「……
呪剣に向けて語りかけるリザリアの声音は、罪人を裁く王の声。
その言葉に、剣が語り返す
「その有り
左手で頬杖を付き、右手で指差し、“宵の国”の絶対君主は罪に塗れた呪剣を断じた。
……。
「……!」
シェルミアが、固唾を
永遠の闇が、意思を持った闇が、密度を増していく気配を感じる。
あらゆる感覚、あらゆる情報、あらゆる存在を
……。
――ドカッ。ドカドカッ。
……。
……。
……。
この世にあらざる真の闇の向こうから、何か鋭い物音が聞こえた。
……。
「……? “
かつてシェルミアが投じられた、“闇流し”という名の暗黒の
「“
……。
……。
……。
「……シェルミア……二度三度と呼ばずとも、余の耳には届いておる……」
闇の果てからリザリアの声があり、それに合わせて
少しずつ……少しずつ、最果ての場所に、輪郭が浮かび上がっていく。
玉座の形が現れ、その上に金色の
「“
シェルミアが、玉座の下へ駆け寄ろうとしたとき――。
「シェルミアよ……余は、二度は言わぬ」
リザリアが、短くそう言った。
それが指す意味を――「
……。
「……よもや……」
……。
「よもや……
……。
「余の治世の代にあって……
……。
「
……。
――ジャリンッ。
ジャリンッ……ジャリンッ!
そこから、続けざまに。
“人造呪剣ゲイル”の投げ伸ばした
身体の内より蜂の巣にされたリザリアが、全身に
「あ……っ!」
一瞬の出来事だった。余りに
「……」
装飾を廃した白と黒のドレスを黒血に染め、しかしリザリアは依然頬杖を突いたまま、顔色一つ苦痛に
「……不敬ぞ。呪われた
血濡れた金の瞳が、鋭く見た。
影法師はリザリアを置いたまま、優雅な所作で玉座を押し上げる壇上を下り、その先に突き立つ呪剣を見下ろすと、闇そのものから成る両腕を伸ばした。
「あの時……
“
周囲の闇よりも底なしに
「“余の権能を、模倣するなど”……許されざる
影法師が、呪剣を堅く……堅く堅く、抱き締めた。
「去りゆけ。あらゆる宇宙から。ことごとく世界から。時と歴史の
“原初の闇”が、無限の
■■――■■■■――■■■――。
……。
……。
……。
忘却と消滅の闇に
――……ゾンッ。
呪剣の柄に、あの
……。
……。
……。
■■■――■■――■■■■――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます