30-2 : 既視の不条理
記憶が絡まっている感覚にゴーダが混乱しかけていると、後方で大声が聞こえた。
「――
「――お
ふと声のする方へ視線をやると、朽ちゆく“ユミーリアの花”の傍らで伸びているガランと、彼女の折れた両腕と穴の
「――治癒の魔法書は1冊しか持ってきておりませんの。精度が低くなってしまいますけれど、わたくしの治癒魔法で我慢なさって?」
「――
「――あら、失礼ですわね? 誰も、ゴーダと仲良く2人で“星見の鐘楼”から飛び降りていった
「――ひぃぃ……どんだけ根に持っとンじゃこの魔女ぉ……」
重傷のガランに黒い剣についてのいらぬ心配をかけさせない
彼の視線にちらと重なった魔女の
ローマリアの表情には、それ以上のものは浮かんでいない――ゴーダが抱いている既視感と違和感は、魔女の方にはまるでないようだった。
「……」
彼一人だけが認識している「ズレ」の正体は、何も分からないまま。
「……もっと、近づいてみなければならんか……」
そして意を決すると、ゴーダは違和感の原因を突き止める
その距離、およそ10メートル。
爆炎で焼け焦げた草花を踏み締め、1歩1歩、着実に前に進む。
……。
身体が無意識の内に
「……っ」
攻撃された
周囲にまた、あの魔力障壁に似たものが張り巡らされているというのでもない。
何も、異変など起きてはいなかった。
「……っ……」
その無意識の
……。
――畏れ多い……。
己の内を流れる紫血が、そんな言葉を紡いでいく。
目の前に突き立つ黒い剣に向かって、歩み進む行為――ただそれだけのこと。それだけの
ゴーダの中で、“これ”の存在を容認してはならないという本能と、たかだか魔族の分際で“それ”に近づこうとする不敬を自戒する感情とがせめぎ合う。
ただならなかった。ただごとではなかった。
「一体……こ、れは……っ」
暗黒騎士が、手を伸ばす……黒い剣まで、残り2メートル。
……。
……。
……。
――ゾンッ。
……。
……。
……。
「■■――
後方で聞こえた大声に、ゴーダはビクリと全身を硬直させた。
「――た、たわけぇ! もちょっと優しくしてくれたってえかろうがい、ローマリア!」」
ガランの声が聞こえる。また、あの
「――あら、失礼ですわね? 誰も、ゴーダと仲良く2人で“星見の鐘楼”から飛び降りていった
ローマリアの声が、それに続く……“一言一句、つい今し方ゴーダが聞いた言葉と違えることなく”。
そして魔女が、
「っ……っ……」
「……ゴーダ? どうかなさいましたの? そんな青い顔をして……?」
何の含みもなく、ローマリアが疑問に首を
「……っ……ローマリア……ガラン……私は……私は、何か……妙な
ゴーダの絞り出した声は、カラカラに
「? 何を
ローマリアの声に促されながら、固唾を
一瞬、彼の中で記憶と事実の間に決定的な欠陥が生じる。数秒間の
再三の「ズレ」を体感して、ゴーダは薄れていく違和感を必死の思いで
高速の太刀筋を見切ることのできる己の目を、疑った。
歴戦を積み重ねた己の意識と判断力に、不信を抱いた。
「……有り得ん……」
「有り、得ん……こんな、不条理が……ある、
ふらりと、1歩前に出る。
2歩、3歩……歩を重ねる
「ゴーダ! いけません! 不用意に近づいては……!」
ローマリアの呼び止める声が聞こえる頃には、暗黒騎士はほとんど全力疾走になっていた。
「そんな
伸ばした右手で、そして彼は黒い剣の柄を
……。
……。
……。
――■■■――■■――ゾンッ――■■■■――。
……。
……。
……。
「――ゴーダ卿!!」
誰かが、暗黒騎士を呼び止める声。
……。
……。
……。
■■――ポタリ……ポタリ……。
「……ああ、そんな……そんな、ことが……」
……。
「だが……これは、もう……そうであると、しか……」
……。
前方に伸ばしていた右腕から力を抜いたゴーダが、それをぶらりと垂らしながら
……。
「……何なのだ……どうしろと、いうのだ……」
……。
黒い剣の柄を握り締めた
……。
……。
……。
「良かった……間に合った、ようですね……」
語りかけてくるのは、またも
……。
……。
……。
「……教えてくれ……これは……何が、起きている……――」
……。
……。
……。
「――……シェルミア」
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