29-12 : 訂正し給え
“
一拍あって、同じ壁面にドゴリと何かの
「……ごほ……っ」
ボルキノフの怪力に吹き飛ばされたゴーダが、
「惜しかったね……“魔剣のゴーダ”……」
「と、言うよりも……本来であれば、さっきのあれで勝負が付いていた……完全に、君の勝利だったよ……
ボルキノフが自分の首に触れる。一度はゴーダの手で完全に斬首された
首の下半分と文官の衣には、頭を斬り落とされた際に噴き出した
再生されて間もない灰色の髪は、整髪油で後ろへ
「ゴーダ……確かに君は、私の想定を越えてきた……が、常識を破った君のそれに対して、私のこの身体は更に一枚上を行ったという訳だ……」
新品の首をゴキリと鳴らして、ボルキノフが感慨深げに漏らす。
「これが、“石の種”の可能性……生命の神秘は、我々の想像も
壁に背中を打ち付けたままのゴーダの兜へ、ボルキノフが額を
「どうかね? 君も――そう思うだろう?」
目の前で笑ってみせる愚者の口から、血煙が立ち上る。
「……。私が、言えた……口では、ない、が……」
沈黙を破って、ゴーダが口を開いた。その声は何かに
「知っている、か……? ボルキノフ……お前の、それは……神秘と、言うより、
「……ふむ」
至近距離で向かい合ったまま、ボルキノフが鼻を一つ鳴らして――。
――ズドリッ!
「……何か……言ったかね? ゴーダ?」
「……っ……」
ボルキノフの問いかけに、ゴーダは答えを返さない。
代わりに聞こえるのは、ボルキノフの拳に腹を打ち抜かれたゴーダが、
ゴーダは一切の防御姿勢を取らず、両手両足を伸ばしたままその一撃を食らっていた。
暗黒騎士の
奴の血に触れてはまずいという直感を
ただ「赤い」という以外に人間であった名残のない愚者の血は、かつて漆黒の騎士ベルクトに対してやってみせたのと同じく、ゴーダの肉体を支配下に置いている。
「私を侮辱するのは、まぁ許そう。百歩譲って。だが、だがね……娘を、ユミーリアを『化け物にも劣る』と
――ズドンッ!
「う゛ぶ……っ!」
腹の次は胸部にボルキノフの拳が
「訂正し
――ドゴンッ!
「訂正し
――ボゴンッ!
「私の、娘に……謝罪するのだよ! ゴーダぁぁあ!!」
ボルキノフの怪力の余り、舞い上がった砂埃で視界が曇る。ビチャビチャと紫血が水音を立てるのも無視して、愚者は拳を何度も打ち込む。ブツブツと独り言のように
やがて変わり果てた“イヅの大平原”に風が吹き抜け、砂煙が払われると、そこに暗黒騎士の姿は認められなかった。殴打される過程で崩落した城塞の残骸、その
「……立ち
息一つ乱さず、涼しい声でボルキノフが命じる。すると
ボルキノフの血の束縛によって、無理やりに立たされているゴーダの両腕は、ブラブラと揺れ、首は据わっていない。
兜の奥から、ゼェゼェ、ゴボゴボと
「ユミーリアへの暴言……改める気になったかね? ゴーダ」
愚者からの再三の要求に対して、虫の息の暗黒騎士は――。
「はぁ゛……はぁ゛……く……くくく……」
「……ああ゛、謝罪、か? くく……してや、ろう……ボル、キノフ……お前、が、私の……部下た、ちに……土下座で、
ゴーダの途切れ途切れの言葉を聞いて、ボルキノフが
「ゴーダ……君のことは人生の
ボルキノフが、これまでの戦闘で血みどろになっている両手をぬっと前に出す。
「そういうことなら……私が一から教えてあげようじゃあないか」
両手で兜を左右から
「まずは、謝罪相手の目をよく見るのだよ。ほら……私の顔をよく見
……ゴシャッ。と唐突に鳴ったのは、ボルキノフの頭突きがゴーダの兜に正面からヒビを入れた音。
「……がっ……!」
ゴーダがその衝撃にガクリと
「分からないかね? 目を
乱暴に正面を向き直らせると、今度は兜が左右から万力のように締め上げられる。ミシミシと
やがて兜が完全に砕け落ちると、
「う……ぁ゛……」
「そう……誠意を表す際には、脱帽が基本。顔を隠すなど言語道断だ……」
ボルキノフがゴーダの顔を両手で挟んだまま、暗黒騎士の身体を怪力で宙吊りにする。
「敬意と謝罪は、もちろん気持ちの持ちようが最も大切だ……しかしね、頭が高いのはいただけない……まずは形から入らなければ」
言い終わらない内に、グシャッと鈍い音。ボルキノフが力任せに、ゴーダの頭部を
「ぐっ……!」
「平身低頭……頭の位置は低ければ低いほど好ましい。君は、娘の名誉を傷つけたのだよ、ゴーダ……! 何だねそれは、まだまだ頭が高いぞ! ゴォォーダァァアア!!」
愚者の頭からは、前後の脈絡も当初の目的も消し飛んでいた。今はただ、「この男に、
ボルキノフが怪力を押し込むごとに、周囲が隆起し、ゴーダの身体は逆に深く沈み込んでいく。圧殺と生き埋めを同時に味わわされながら、愚者に支配された彼の肉体は指先を震わせること以外何もできなかった。
やがて、体力の消耗ではなく、怒りの感情でボルキノフが鼻息を荒らげる音が聞こえだす。
「ふーっ……ふーっ……! どうかね、ゴーダ……! 謝罪の礼儀、これで思い出したかね……!?」
手で押さえつけたまま、ボルキノフが
「……」
しばしの間、地中からは何の反応も返ってこなかった。
そして――。
「ア゛あ……思い、出した……はァ゛……言って、おかなければ……ならない、ことが、あった……」
ボルキノフが凝視する先で、ゴーダの横顔が――ニヤリと、相手の感情を
「……
――ブチブチブチッ。
次に聞こえたのは……ゴーダの肩の肉が喰いちぎられた音。
「……ぐあ゛ぁぁぁあああ゛っ!!」
“イヅの大平原”に、暗黒騎士の絶叫が響いた。
グッチャ……グッチャ……ゴクリ。
「よろしい……ちょうど小腹が
血と
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