29-9 : 「返せ!」

「きゃぁぁあああぁぁっ!!」



 “ユミーリアの花”の異形の腕が、何本と振り下ろされた。


 それにもひるまず前方へ駆けだしたガランが、乱打を抜けて肉の幹へと接近をかける。


 進路状に転がっているのは、先に“花”が放り投げてきたガランの身の丈ほどもある大岩おおいわ



「ほいやぁぁあっ!」



 血管の赤熱が強まり、力任せに右脚を振り上げる。衝撃波を伴って、大岩が真上に蹴り上げられた。



「ぬぉぉれぃっ!」



 頭頂にまで持ち上げていた右脚を今度は振り下ろす。大地にかかと落としを打ち込んだ反動で、ガランの身体が打ち上がり、宙に浮いた大岩を追った。



「でやぁあっ!」



 空中でくるりと身をねじり、左足による回し蹴りが決まる。大岩は更に上空へと持ち上げられ、大小無数の小岩に砕け散る。


 いち早く地面に降り立ったガランの頭上に、遅れて岩つぶての雨が落下を開始した。



「すぅー……はぁぁぁあっ……!」



 肺一杯に空気を吸い込んだ。そしてビキリと歯を食い縛り、そこに鬼の形相が浮かび上がると、彼女の全身の血管がこれまでの赤からまばゆい青へと燃え上がる。



「……ぬ゛がぁぁぁぁあ゛あああ゛あっ!!」



 ガランが両拳を使って、無数の連打を放った。頭上から降り注ぐ岩つぶてを殴り飛ばすと、それは彼女の炎を受けて燃え上がりながら高速で撃ち出される。


 まるで榴弾りゅうだんの雨。数え切れない火球が“ユミーリアの花”を襲う。


 ガランはいちいち狙いを澄ましてなどいない。とにかく手数を打つことだけを考えていた。何せ相手のその巨大さである。外れる確率の方がずっと低い。



「きゃぁぁああっ! きゃぁぁぁぁぁあああぁっ!!」



 肉の幹全体に岩の榴弾りゅうだんが食い込んだ。無数に開いた目を潰し、細胞を焼き、体液から白煙が上がる。


 一際ひどいヒステリーを起こすようにして、“ユミーリアの花”が腕を振り下ろす。まだ幾つかの目は機能を有していたが、ガランの攻撃にパニックを起こした様子で、狙いは全く定まっていなかった。



「……っし! 効いとるな! 畳みかける!」



 眼前に振り下りてきた異形の腕を見るや、ガランが青炎を燃え上がらせたままそこに飛び乗った。



「ふんぬっぅぅう!」



 “花”の表皮を覆う粘液に足を滑らせながらも、その上を全力疾走で伝い走っていく。ガランの足跡が焦げ跡となって残されていく。


 そうして“ユミーリアの花”の動揺に乗じて、ガランは異形の樹冠背面、“偽天使の翼”の生えている位置にまで登り詰めた。


 地上数十メートルの目のくらむ高さ。眼下では“花”が自らの損傷を新たな肥大化で塗り潰そうと、肉を膨らませる音が聞こえ始めている。


 3つい6枚、光の尾を引いてゴーダの“魔剣”を封じる“偽天使の翼”。その1枚の根元にガランがしがみつく。



「ここはっ……! “イヅの大平原”は! ゴーダの奴がやっと見つけた、静かに暮らせる場所なんじゃ……!」



 全身の筋肉を躍動させて、巨大な翼を引っ張り上げる。



傷塗きずまみれになって! 独りぼっちになってしもうたゴーダを……! 元気にしてくれた場所なんじゃっ!」



 パチパチと、青い火の粉が鱗粉りんぷんのように舞う。



「ベルクトの……! ワシの……! 皆の! 家なんじゃぁああ!」



 少しずつ少しずつ、翼が根元からねじ曲がっていく。


 ……。


 ……。


 ……。



「――返ッせぇぇええええっ!!」



 ――ブチブチブチッ!


 肉の引きちぎれる痛々しい音が周囲に響いて、1枚目の“偽天使の翼”が根元から折れて墜落していった。


 光の尾の数が減り、魔力障壁がわずかに弱まる。


 しかし、これではまだ“魔剣”は使えまいと、ガランは直感する。


 間髪れず、2枚目の“偽天使の翼”へと飛び移った。



「きゃぁぁぁぁああああぁぁぁっ!!!!」



 “ユミーリアの花”が泣き叫ぶ。翼を折られたことでガランの居場所を感知したのか、異形の腕が攻撃対象を地上から空中へと切り替えた。



「ぐぎぎぎっ……!!」



 2枚目の翼を引き千切らんと踏ん張るガランの周囲を、巨大な拳がかすめ飛んでいく。1発でもそれをもらえば、たちどころに空中へ殴り飛ばされて地上へ真っ逆さまである。



「ぬぐぐぐぐっ……!!」



 しかしそんなものに構っている暇はない。何を置いてもこの6枚の翼を片付けなければ、背中を預けてくれた暗黒騎士へ顔向けできない――その意地と思いだけがガランを突き動かす。


 ――ゴシャッ。



「うぐっ……?!」



 全身に衝撃が駆け抜けた。一瞬何が起こったのか理解できない間があって、異形の拳を喰らったのだと知覚する。


 吹き飛ばされていれば、一巻の終わりだった――が、「死んでも離してなんぞやらん」という彼女の根性がそれに勝る。


 しがみついたままのガランの肉体を通して、衝撃が翼を直撃した。“ユミーリアの花”は自らの拳で自滅する形になり、2枚目の羽根が根元からもげて落ちる。


 残る“偽天使の翼”は、4枚。



「……ガハハッ! ざまぁみさらせ、バケモンやい!」



 落下していく2枚目の翼を見下ろしながら、続く3枚目に左腕でしがみついたガランが笑い飛ばした。



「よぉっしゃ! この調子でどんどん――」



 そして翼の根元へよじ登ろうとしたときだった。彼女の右腕に激痛が走った。



っ……なぬっ……!?」



 はっと痛みのした方へ目を向ける。


 異形の拳の直撃を喰らった右腕――それはへし折れて、だらりと力なくぶら下がっていた。



「……ガ……ガハハ……ど、どうすっかのぉ、これ……」



 角から火柱を上げるガランの顔が、ぎこちなく引きった。

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