28-4 : 血生臭く
無限回廊をただ当てもなく
「…………」
“宵の国”の兵の
「……」
無限に続く大回廊の
「……ふぅ」
片脚に体重を乗せ、
そして
「……よぉ……お前は、幻でも野郎の呪いでもねぇよなぁ?――」
狂騎士が顎を上げ、ぎょろりと下に向けた目で、黒い騎士にそう言葉を投げかけた。
「――エレンん」
「…………」
「エレンだろぉ、お前ぇ? 隠すなよぉ……俺とお前の仲じゃねぇかぁ」
「…………」
黒い騎士が、動じる様子もなく右腕をゆらりと上げる。手甲を
「…………」
兜の中から流れ落ちた銀色の長い髪を肩の上に踊らせて、しばしの間、何かへ思いを巡らせるように目を閉じていた“右座の剣エレンローズ”が、ゆっくりと
「ハッ。どしたぁ? ちょっと見ない内にぃ、随分雰囲気が変わったじゃねぇかぁ、騎士崩れぇ」
エレンローズの灰色の視線を正面から受けて、ニールヴェルトが鼻で
「…………」
「……」
「…………」
「……んっとに、剣も抜けずに泣きべそかいてるだけだったあの女はどこ行ったぁ? ひはは」
エレンローズの長い髪に縁取られて様変わりした顔つきと、侮蔑の言葉にも全く臆する気配を見せず真横に結ばれている
「…………」
「なぁ、何とか言えよぉ、エレンん」
「…………」
「野垂れ死ぬだけだったお前がよぉ、何で“宵の国”の
「…………」
「何でそうまでして、こんなとこにいんだよ、お前ぇ? あんなにボロッボロになってたくせによぉ、自分の足で立てないぐらい信念もポッキリ折っちまってたくせによぉ……
……。
「何でまだ、剣を抜くんだぁ? お前はよぉ」
そう疑問を投げかけるニールヴェルトの見ている先で、エレンローズが右手に“守護騎士の長剣”を抜いていた。“明星のシェルミア”の
「……ひははっ……ひははははっ」
守護騎士のその
「ひはははは……ひははははははっ!!」
そして狂騎士が口角をニタリと
「ひはははははっ! やっぱり……っ! やっぱりっ……やっぱりお前がっ! 1番イイ女だぜぇ!! エレンローズぅぅう! きははははははっ!!!」
「…………」
「わざわざ俺に会いに来てくれてぇ! ありがとうなぁ! 本当にっ、ありがとうなぁっ!」
「…………」
「騎士崩れなんてよぉ! 言っちまって悪かったぜぇ! 今度こそ俺の手でぇ! ちゃぁんとぶっ殺してやるかなぁ!! エレンんんんっ!!!」
ニールヴェルトの右腕が、そこに
「きははははははっ!!」
肉を
――バチリッ。
稲妻がエレンローズの身体を貫いたかに見えたその瞬間、1本の槍のように束なって
「ひははははっ! ひはははひはっ!!」
間髪入れずに風が
そして消えかけの
「きひひっ……きはははははっ! いいねぇ……面白くなってきたじゃねぇかよ、なぁああ!!」
風に
「…………!」
長い髪を風に逆立てながら、エレンローズがニールヴェルトをきっと
代々、“明けの国”の王家に継がれてきた2つの魔導器、“運命剣”と“封魔盾”。由縁も伝承もいつしか途絶え、組み込まれた術式も解析不能の魔導の盾から
その太古の魔導文字が光を強めていくにつれ、ニールヴェルトの両腕に
ただそこにあるだけで、あらゆる魔法を無力と化す“封魔盾フリィカ”が、それ本来の術式を起動させ、封魔の結界が2人を覆い尽くす。
「ひははははははっ! 盛り上がってきたなぁあああっ!!! えぇっ!? きはははははぁああぁつ!!!」
封魔の結界に取り込まれたニールヴェルトが、興奮した叫び声を上げる。
「もう、こんな邪魔もんはいらねぇなぁ!」
狂騎士が、何の
「最ッッッ……高の舞台だぜぇ! エレンんん!! 人間同士よぉ、殺し合いに身を
「…………」
力を
「あぁ……! イイねぇ、イイ目だぁ……! あのときよぉ、手元が狂ってお前を殺しきれなかったのは正解だったぜぇ……よく、生き延びてくれたぜぇ……エレンんん……!!」
狂騎士の声は高揚し、抑えきれない激しい感情が、声と吐息を震わせる。
「邪魔する奴は、もういねぇ……! 今度こそ……今度こそっ! お前を俺のもんにしてやるよぉお!! エレンロォオーズゥウウッ!!!」
「!…………」
大理石の床を蹴り、そして銀色の
金属同士がぶつかり合う、耳を刺す衝突音が鳴り響き、エレンローズの放った横薙ぎと、ニールヴェルトが
「きひひっ……きひはははっ……!」
双方の押し出す刃がガリガリと擦れ合い、
「……っ……」
「きはははっ……ああ、本当にイイ顔になったなぁ、エレンよぉ……!」
「あのときのぉ、“もうどうでもいい”ってぇツラとは大違いだなぁ? そぉだよぉ……俺ぁ、あんな殺す価値もねぇ女と会いたかったわけじゃねぇ……俺ぁ、“お前”と、ずっとヤってみたくてよぉ……!」
更に半歩、狂騎士が斧槍を前に押し出す。その拍子に滑り動いたエレンローズの“守護騎士の長剣”が、ゴリッと刃こぼれする音を立てた。
「俺は、“お前”に会いたかったんだぁ……! “右座の剣”によぉ……! “お前”とこうしてぇ……ずっとずっと殺し合ってみたかったんだぁ……っ!」
ぐいと前に出されたニールヴェルトの顔が、目と鼻の先に迫る。
「ほら、俺……
「…………!」
ドンッ、というその衝撃は、エレンローズが左半身に
「あぁ……! “お前”のそういうところぉ! そそられるんだよなぁあっ!!」
狂喜の声を上げたニールヴェルトが、その力勝負を
ぐらりと、エレンローズの身体が揺れる。
「ひはははははっ!」
大口を開けて、唾を飛び散らせながら、狂騎士が
「エレン……エレンん……! エレンエレンエレンっ、エぇえレぇえンんんんんっ!!! きはははははははははぁああ!!!!」
かっと見開いた2つの眼、エレンローズをじっと見つめるニールヴェルトの瞳の中で、狂気の色がぐるぐると渦を巻いた。
「…………っ」
その悪魔のような形相を前に、本能的な恐怖が、“狩られる側”の恐慌が、全身の筋肉を
「っ!…………」
ゆえにこのとき、
“狩る者”を前に、その狂騒渦巻く目を
「っ……! きはははははっ!」
倒れゆく狂騎士の横に身を返した守護騎士が長剣を振り下ろし、それに応えるように斧槍が振り上がる。
ニールヴェルトの頬から血が飛び散り、エレンローズの鼻先を
両者がぐらりと足下をよろつかせ、一瞬、全ての光景が無限回廊に溶け込むように静止した。
頬にざっくりと長い斬り傷を負ったニールヴェルトの血が、白亜の床にポタリポタリと滴り落ちる。それを見やるエレンローズの
……。
……。
……。
「……くく……くくく……くききき……っ!」
ドカッ。と、斧槍の柄を大理石に突き立てて、それにもたれるようにしながらゆらりと立ち上がった“
「っ……ッ!…………たぁああっのッッッしぃいいイぃぃィいいいいイいっ!!!! あーぁああアはははハハははハはァァアあアアぁァあアっ!」
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