28-3 : 兄妹
「……こうして2人きりになるのは、随分と久しいな――シェルミア」
――“宵の国”、中央。“
前後の概念が存在しない、合わせ鏡を具現化させたかのような幾何学の迷宮の中で、“王子アランゲイル”はふと、背後に立つ気配に向けてそう語りかけていた。
振り返るよりも先に、その名が口から出ていた。確信という言葉ではまだ足りぬ、運命そのものを見てきたかのような、逃れようのない因果の巡り合わせ。
「……待っていました……アランゲイル……」
そしてそれを肯定するように返ってきたのは、忘れもしない、妹の声。
「……。驚きは、しないな。なぜだかは分からないが、ここでお前と相対するのだろうと、そういう予感があったよ……」
だらりと
「……」
妹の、ほんの
「……ああ……これはどうしたことだろうね、シェルミア……しばらく見ない内に、随分と雰囲気が変わったじゃないか……」
かつて、その頭を
見つめていると吸い込まれそうだった
「えぇ……お互いに、記憶にある姿からはかけ離れてしまいました」
目の下に浮かんだ
「どうやら、そのようだな……」
「……」
……。
……。
……。
「シェルミア……お前は……何を見てきた?」
兄が問う。
「……他者への怒り。自分への失望。失うことの恐怖と、誰かとともに在るということへの、小さな希望――それが、私が見てきたものです」
兄の言葉に、妹は声を詰まらせることなく、
そして妹の目が、無言の内に兄に同じ問いを投げ返す。
「……自己嫌悪。他人への侮蔑と嫉妬。人間が、理性を備えていると
熱に浮かされたように見開かれていた兄の
「……得るものは、あったか……?」
「はい」
妹の真っ
「ふん……全てを失っておきながら、なかなかどうして、やはりお前も、1度知った権力は忘れられんか……所詮は執着の強い、ただの女ということかい?」
そう言って鼻で
「いいえ、それは違います」
妹が、きっぱりと否定した。
「私がここまで来たのは、
その言葉を聞いて、兄の頬がピクリと引き
「ならば、なぜこんなところにお前はいる……なぜ、私の前に立つ……シェルミア……」
その問いを耳にして、妹の
「……そんなことも……分からないのですか、アランゲイル……」
「ああ、分からないな……賢いお前の考えていることが、愚鈍な私にはきっと理解できないのだろうね……」
それを聞いた妹の目が、
「私は……!
……。
……。
……。
「……ふふっ……ふふふっ……くくくっ……」
険しい目で
「……ははは……どういうことだい、シェルミア? あんなに賢かったお前が、動機も目的もなしにただ私を制止するためだけに、こんな魔族の国の奥深くで待っていたというのかい? 訳が分からないな……」
「訳などないと、言った
「ははは……ああ、そうだったな。どうにも、“これ”のお陰で
兄が、右手に握り締めたままの、
「
「笑いません」
「魔族も、人間も、見境なく喰い散らかすだけのこの力……軽蔑するだろう?」
「しません」
「この身はただ、呪いを振り
「だから、何だというのです」
「そうだな……まずは、この“宵の国”を滅ぼそう……そして私は力を示し、“明けの国”の王になる……呪いに
「それが……何だというのです!」
“明星のシェルミア”の張り上げた声が、無限回廊の果てへ木霊し、やがて聞こえなくなった。
「
……。
「……私が
……。
……。
……。
「……ははは……ははははは……」
“王子アランゲイル”の冷たく乾いた笑い声が、無限回廊の
「ははははは……。……。……。ああ、なるほど……ようやく、愚かな私にも理解できたよ、我が妹よ……」
……。
……。
……。
「つまり――」
……。
……。
……。
「つまり、これは……言葉では
……。
……。
……。
寄り添い続け、慕い続け、
そして無限回廊に、激しくぶつかり合う
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