27-11 : 蹂躙

「――ウフフ」



「――ンフフッ」



「――クスクス」



 新たに迎えた主のその声に応じるように、3体の“侍女の形の呪い”たちが、ベールの下で不気味に笑った。


 “大回廊の侍女”の首と頭部に腕を回していた“1体目の侍女の形の呪い”が、背後からがばりとその背に飛び乗った。するりと伸びてきた真紅の両脚が侍女の腹部に回され、前方に回した足首どうしをがっしりと組んでしがみつく。


 右隣に身を寄せてきていた“2体目の侍女の形の呪い”が、“大回廊の侍女”の右腕に両腕を絡みつかせて自由を奪う。ヒールの爪先を器用に使って侍女のスカートをずり上げさせると、その右脚にも真っ赤な脚線美が巻きついて動きを封じた。


 “大回廊の侍女”の左手をやんわりとさすっていた“3体目の侍女の形の呪い”が、ふいに飛び上がると、黒く長いスカートが空中にふわりと花を咲かせたように広がった。そこから生えた2本のあかい脚が侍女の腕を挟み込み、女1人分の重さがズンと肩にのしかかる。


 3体分の“侍女の形の呪い”が、“大回廊の侍女”たった1人の身体に執拗しつようまとわりついた。3人分の体重以外にも、呪剣そのものの強大な腕力が、グイッ、グイッと侍女を引きり込んでいく。


 一瞬、力が拮抗きっこうして、身動きの取れない侍女がけ反りながらも2本の脚で立ってあらがう光景があった。


 しかしやがて、侍女は絡みつくその呪いの力に耐えかねて、ぐらりと仰向あおむけに倒れ込んだ――その時点で、もう“大回廊の侍女”には、あらがう術は何も残されていなかった。



「――これは、どういうことに、ございましょうか」



 胴体を固定され、右半身を拘束され、左腕も自由の利かなくなった侍女が、大回廊の天井を見上げながら淡々とした口調でつぶやいた。“侍女の形の呪い”に首を絞められながら発せられる声は、息が続かず途切れ途切れになっている。



「お宅の負け、ってぇことだよぉ、ひははっ」



 天井を写し込む侍女の視界の中に、その目を隠すベールを見下ろしてくる“烈血のニールヴェルト”の姿がのぞいた。



「もっと気の利いた言い方をするとぉ……ここからはぁ、俺のおたのしみの時間ってぇことだぁ……きひひっ」



「――おっしゃって、いるこ、とが、分かりかね、ま、すが」



 声と息を継ぎながら、侍女が狂騎士に尋ねるように言った。その声音にはこれまでと変わらず、恐怖も、怒りも、屈辱も、何の感情も含まれていない。



「あぁ、そぉ。まぁ、俺に聞くよりぃ、自分の身体に聞いた方が分かりやすいぜぇ……きっとなぁ……きひはは」



 ……。


 ――ギシリッ。 



「――ふッ……!」



 侍女の口許くちもとから、息の漏れる音が聞こえた。


 仰向あおむけに抑え込まれた“大回廊の侍女”の両翼に絡みついていた2体の“侍女の形の呪い”が、その拘束している腕と胸部を左右に引っ張り合うようにしてねじり上げた。両肩を背面に向けて強い力でねじられた反動で侍女の胸部がり上がり、肺の中から空気が抜けて、意思とは無関係に吐息が吹き出る。


 左腕に腕ひしぎの体勢で両脚を絡めている“侍女の形の呪い”が、“大回廊の侍女”の手首を両手で握り締めて、容赦なく肘と肩をめていく。


 右側面に添い寝するようにして、右腕と右脚に巻き付いたもう1体の“侍女の形の呪い”が、“大回廊の侍女”の右半身全体を、その関節構造とは反対方向に絞り上げた。右腕と右肩がねじ曲がり、右脚もズリズリと開かされていく。


 背中に飛び乗り、“大回廊の侍女”を仰向あおむけに転倒させてからはその下敷きになる形になっていた3体目の“侍女の形の呪い”が、首に回した腕で侍女の気道を塞ぎ、頭部を少しずつねじっていって骨のきしむ音を立てさせる。腰にがっしと回された真紅の両脚が徐々にその締め付けを強めていって、き出しのあかい脚線がゆっくりと侍女の腹部にめり込んでいく。



「――あ……あ……っ」



 “大回廊の侍女”の全身から、メシリ、メシリと、骨と肉と内蔵のねじれる音が聞こえた。



「ひはははっ、イーイ眺めだろぉ? 4人分のおみ脚とぉ……4人の女の絡み合いとぉ……ゆっくりぶっ壊されていくイイ女ぁ……最高にぃっ、興奮するだろぉっ? きひはははははっ!!」



「――分か……り……か、ねま……す……」



 無表情の声音のまま、ぶつ切りの言葉とともに、“大回廊の侍女”の左脚がニールヴェルトに向けて蹴り出された。


 ――パシッ。



おせえんだよ。さっきまでのに比べたらぁ、こんな蹴り、羽虫が止まるぜぇ」



 首だけを傾けて侍女の鋭い蹴りをかわしたニールヴェルトが、その左足首を素早く右手でつかんで捕らえていた。



「これでもう、なぁんもできねぇなぁ、お宅ぅ……ひははははっ!!」



 胴体・両腕・そして両脚を拘束された“大回廊の侍女”を見下ろして、ニールヴェルトが口許くちもとを三日月型に大きくゆがめてわらった。そうしている間にも、引き裂くように左右に絞り上げられていく侍女の胸部は見る見るうちにり上がっていき、それに合わせて肋骨ろっこつの立てるミシミシという音が不気味なほど大きくなっていく。



「――アっ……ア゛っ……」



 肺に残ったわずかな空気まで無理やり絞り出され、それが圧迫された気道を通り、濁った声に姿を変えて“大回廊の侍女”の口から漏れていった。



「ひはははっ、壊れかけのイイ声だぁ……娼婦しょうふあえぎ声よりぃ、よっぽど興奮するなぁ……!」



 ……。



「きひははっ」



 グイッ。と、ニールヴェルトが右手につかんだ“大回廊の侍女”の足首を引き寄せて、高いヒールのついた靴に顔を寄せた。天井に向けてまたを開く姿勢になった左脚から、スカートの裾がずり落ちていく。



「本当に……大した脚技だったなぁ……こんなに白くて綺麗きれいな脚でよぉ。これなら男どもはぁ、喜んでいつくばって靴だってめるだろうぜぇ……こんなふうにしてなぁ」



 狂おしいわらい声を抑える素振りも見せず、ニールヴェルトが生存と勝利と蹂躙じゅうりんゆがんだわらい顔で、“大回廊の侍女”の爪先をその靴の上からベロリとめた。



「ひはははっ……あんなに何度も何度も見せつけられちゃぁさぁ、抑えきれねぇよなぁ……」



 侍女のふくらはぎに、ニールヴェルトが頬ずりする。肌理きめの細かい真っ白な肌が、男の無骨な肌に擦れてサラサラと音を立てた。程よく冷たい人肌の体温を頬越しに感じて、狂騎士の口許くちもとがその愉悦にニヤァと更にゆがむ。



「きひはひはっ! たまんねぇなぁ……強い女をこうやってぇ、支配して弄んでる感じがさぁ……!」



 “大回廊の侍女”の脚に頬を押し当てたまま、ニールヴェルトが顔を滑らせていく。そして鼻先が膝の付け根に触れると、狂騎士はスゥハァとわざとらしく大きな音を立てて侍女の膝裏に鼻を押し当てて、そこの匂いを2度3度と嗅ぎ回した。



「――ア゛っ……ぁ゛……」



 狂騎士への嫌悪からか、それとも全身を絞り上げられる苦しみからか、侍女の左脚がぴくりと震えて膝が曲がる。


 万力のように締まっていく“侍女の形の呪い”たちによって絞り出される“大回廊の侍女”のかすれた吐息と、その全身から聞こえるメシメシという崩壊の音を聞きながら、面白がるようにニールヴェルトが侍女の膝裏に唇を押し付けて、その柔肌をベロベロとめ回した。スカートから引きずり出された白い太腿ふとももに、よだれが伝い流れていく。猟奇的な笑い声に肩を震わせながら、狂騎士がこぼれた唾液をめとるように侍女の内腿うちももに舌をわせていった。



「――ぁ゛……ぁ゛ッ……」



 “侍女の形の呪い”にねじられていく首をほんのわずかだけ引き戻して、“大回廊の侍女”が左脚を弄ぶニールヴェルトに顔を向ける。「――理解いたしかねます」と、感情のない声が今にも聞こえてくるようだった。


 しかしそこには、“大回廊の侍女”の鈴の音のような声は聞こえない。聞こえたのは、背後からその胴体を締め付けて、腹部に少しずつめり込み続けていた“侍女の形の呪い”の真っ赤な両脚が、侍女の内蔵を押し潰して腹に食い込むベコンという身の毛のよだつ音だった。



「――……っ゛……」



 その苦しみに、侍女が思わず口を開けたが、そこから絞り出すことのできる吐息は、もう肺の中に残ってはいなかった。


 関節とは反対方向にじ曲げられた両腕と右脚から、メキメキと骨のへし折れていく音が聞こえる。それに合わせて、不自然な形にまでり上がった胸部の至る所から、肋骨ろっこつの砕けるボキボキという音が断続的に重なっていく。



「――……ッ……。…………」



「きひはははひはっ! はぁ……! はぁ……! さぁてぇ……そろそろ、仕上げと行こぉぜぇ……? お宅もいい加減、もうきてぇだろぉ……? ひはははきはっ!!」



 気道を潰され、ギシギシと音を立てて首をねじ回されていく“大回廊の侍女”を熱い視線で見つめながら、狂騎士がギラリと光る“カースのショートソード”を逆手に持ち上げた。



「はぁっ……! はぁっ! ニールヴェルト……“烈血のニールヴェルト”……っ! お前を辱めて……お前を壊して……お前を殺す男の名前だぁ……! 覚えておいてくれよぉ……っ、お前の死に際にっ、俺の名前を刻んでくれよぉっ! きひはっ! ひははきはははひはっ!! 俺もこの目に焼き付けてやるからさぁっ! この最ッッッ高の瞬間をぉおっ!」



 頬を朱に染め、興奮に身を震わせ、高揚に声を裏返らせながら、“烈血のニールヴェルト”が“大回廊の侍女”の壊れた肉体の前にショートソードを振り上げた。


 ……。


 ……。


 ……。



「――(れっ……けつ、の……ニー……ル、ヴェ……ルト……さ……ま……)」



 全身の崩壊した“大回廊の侍女”が、震える口許くちもとをぱくぱくとその言葉の形に動かした。


 ……。


 ……。


 ……。



「――(た……しか、に……)」



 ……。


 ……。


 ……。



「――(う……け、た……ま……わ、り……ま……し……)――」



 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ――ゴキリッ。


 “大回廊の侍女”が最期に聞いたのは、自分の首の骨がねじ折れる音だった。


 ……。


 ……。


 ……。

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