27-10 : 死踏
ジャッ。と、何かを引っ
ガギッ。と、何かが激しく擦れる音。そして
「……俺ぁ、まだトばせるぜぇ?」
バチバチと肉体を強制的に加速させる細い稲妻を
「――舞踏は1人で舞うものではございません。お相手の足取りに合わせてこそにございます」
侍女にも、まだ十分に余力があった。
金属同士が激しくかち合う白い火花が、闇に咲く。1回、2回……その回数は次第に増えて、その間隔はどんどん短くなっていく。
目で追い切れない速度で打ち出される刃とヒールが、衝突音と火花だけを残して、不可視の領域で無数の
侍女が不可視の速度に達した蹴りを打ち込みながら、横に走り出す。同じく視覚の追いつかない斬撃を放つニールヴェルトが、それを追って足を踏み込む。
――ストトトトトッ。
狂騎士が走り抜けていく床と壁面に、数え切れない小さな丸い
――ジャリジャリジャリジャリ。
それと
「ひははははっ!! まだ
どちらが攻め手で、どちらが
――コッ。
不可視の瞬速の世界から、狂騎士の左の斧槍と、侍女の右脚が姿を現した。ヒールが凶刃を捉え、絡め取り、動きを止める。
――ダンッ。
侍女が右脚をしなやかに振り下ろすと同時に、それに引かれて大理石を
「っ!!」
一瞬だけの静止。その
遅れを取り戻さんと狂騎士の右手の“カースのショートソード”が不可視の速度で
スルッ。と、ニールヴェルトの右腕に柔らかく張りのある感触が
そして侍女の左の脚線美が狂騎士の顔面に回り込み、そのひやりと冷たい
侍女の真っ白な両脚が、優雅に、
「――お覚悟を」
立ったままの狂騎士の背中にのしかかるような姿勢で絡みついたまま、侍女がぐいと
ニールヴェルトの右腕を背後に締め上げて拘束していた侍女の右脚部分が支点となって、狂騎士の首を挟んだ左脚がてこの力でぐるりと
「うっ……!」
ゴリッ。と、首の骨が悲鳴を上げるのを、ニールヴェルトは聞いた。
「っの……!」
侍女が狂騎士の首をへし折ろうと、両手でたくし上げたスカートの下で
肩の関節の外れたニールヴェルトの右腕が、蛇のように絡みついていた侍女の右脚の拘束から抜ける。てこの支点を失って、侍女の左脚は寸でのところで狂騎士の首をねじ切れなかった。
「……う゛っ……はぁ゛……はぁ゛……!」
首が折れておらず、なくなってもいないことをニールヴェルトが手で確かめる。あと一拍遅れていれば間違いなくねじ折れていた首の骨は、ボキボキと不穏な音を立てていた。
ギシリと
「はぁ゛……はぁ゛……さっすがに……無反動ってぇわけには、いかねぇよなぁ……うぐっ……!」
装備重量の帳消しと、肉体の強制的な加速が、ニールヴェルトにつけの支払いを求めるように、全身の感覚と動きを鈍らせる。
「いやぁ……参ったなぁ……イイ女なんだけどなぁ……」
……。
……。
……。
「……届かねぇかぁ……ここまでやってもよぉ……」
……。
……。
……。
「――そのようにございます」
侍女が、何喰わぬ顔でそこに立っていた。いつの間にか、その背後には背格好の全く同じ侍女が新たに3人、極めて露出の少ない給仕服と
「――非常に、惜しくはございましたが」
そう言いながら自分の首元に触れた侍女の手には、べっとりと濃い紫色の血が付いていた。背後の3人の侍女は、腹の前で両手を重ねて、ただじっと整列している。
「はっ。あんだけやってぇ、かすり傷1つじゃぁよぉ……幾らお宅がイイ女でも、割に合わねぇわ……」
ニールヴェルトがやれやれと首を振り、観念したように鼻で笑い飛ばした。
「しかもぉ……お宅と同じのがあと3人もいんだろぉ? 控えめに言って、どうやっても無理だろ……ひははっ」
並び立つ“大回廊の4人の侍女”を前にして、ニールヴェルトが両手を上げて降参の意思を示した。
「――戦意を放棄なされたと、判断いたします」
侍女が状況を確認するように、淡々と言った。
「あーぁ……ほら、俺、こう見えて“無理”って分かったことには素直に気持ちを切り替えられる男だからさぁ……4対1は、無理だなぁ……絶対に、無理だぁ」
……。
……。
……。
……。
……。
……。
「……きひっ! お宅がなぁあ!!」
両手を上げて
「――う」
侍女の首と頭部を固定した両腕が締まると、締め出された空気が声帯を震わせて自然と声が漏れた。
「――ウフフ」
耳元で、自分のものと全く同じ声が聞こえた。首を締めつけてくる袖の上質な肌触りにも、覚えがあった。背後からゆらりと揺れて頬を
「――?」
侍女が、不思議そうにキョロキョロと小さく、固定された首を振る。“2人目の侍女”がなぜ自分の首に腕を回しているのか、理解が及ばないといった様子だった。
「――ンフフッ」
視界の横から歩み出てきた“3人目の侍女”が、侍女の右隣にピタリと身を寄せた。
「――クスクス」
左隣にやってきた“4人目の侍女”が、侍女の左手に両手を添えて、手のひらと手の
……。
……。
……。
「……やれ、我が下僕ども」
侍女の視線の先に、真紅の呪剣をだらりと垂らして、感情のない冷たい横目をじっとこちらに向けている“王子アランゲイル”の姿があった。
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