27-5 : “王子アランゲイル”
月の光も星明かりもなく、足元さえも漆黒の闇の
ガリガリ……カツン。ガリガリ……カツン。
黒い大理石の表面を剣先が引き
ガリガリ……カツン。ガリガリ……カツン。
ゆらり、ゆらりと間欠的に、しかし決して止まることなく続く呪剣の立てるその音が、真紅の刃の持ち主たる“王子アランゲイル”の重い足取りを暗に語る。漆黒の闇の中に、
ガリガリ……カツン。ガリガリ……カツン。
「……喰らい尽くせ……貪り尽くせ……」
ガリガリ……カツン。ガリガリ……カツン。
「この“呪い”の腹を満たすまで……飢えと
ガリガリ……カツン。
「魔族の紫血も……人間の赤い血も……“これ”の喉を潤すことすらままならん……どいつもこいつも、泥水ほどの価値もない……」
……ガリガリ……カツン。
「畜生どもめ……畜生どもめ……」
……ガリガリ……。
「奴は……ボルキノフは言った……ここに、私の求めるものがあると……」
……ガリ……。
「貴様等の血は……せめて“これ”の喰らった
……。
「
……。
「……“
……カツン。
……。
……。
……。
奈落の底に続いているかのような深い深い闇の中、何も見えないその目の前に、閉じられた巨大な門があることが、アランゲイルにははっきりと分かる。
――トン……。トン……。
力無くゆらと持ち上げられた王子の左手が拳を作り、門扉の片隅を
――……。
返事は、ない。誰も、何も、応えなかった。
――コン、コン。
先ほどよりも力を
――……。
やはり、応じる者の気配はない。
「……ここを……開けろ……」
――コン、コン。
「開けろと、言っている……私を誰だと思っている……“明けの国”の次代の王が、わざわざ貴様らの血を訪ねてここまで来たのだ……。『聞こえん』とは言わさん……そんな“言い訳”は、直接“愚弄”に
――ドン、ドン。
――…………。
無言と、無音。
……。
……。
……。
「…………」
……。
……。
……。
――ドォンッ。
まるで
「……開けろ……」
――ドォンッ。
「……開けろ……」
――ドォンッ。
「……開けろ……!」
――ドォンッ。
……。
……。
……。
「――どちら様にございましょうか」
闇の向こう、その城と外界とを隔てる門の内側から、女の細い声が聞こえた。
「――
「――
「――ここがどなたの
門を隔てた
いずれにせよ、この場からではそれを確かめようもない。
「黙れ……貴様こそ……貴様等こそ、私が何であるかを知った上でのこの無礼か……」
ドォンッ。と、人のものとは思えぬ力で暗闇の門扉を殴りつけながら、先ほどと変わらぬ調子でアランゲイルが言った。
「――どちら様にございましょうか」
女の声が、その
「――御身分の分からぬお方は、どなたであろうとお通しすること
「――お名前を、お聞きいたしたく」
「――さすれば門をお開きいたしましょう。
一文の前後でわずかに重なり合いながら、舞台の演者のように調律された美しい声たちが、招かざる来訪者にそう問うた。
「――
……。
……。
……。
「……しかと聞け、無礼者ども……。我が名はアランゲイル……“王子アランゲイル”。“明けの国”の王の
自らが喰らい、そして
――私はアランゲイル……そうだ、私の名はアランゲイル……。
……。
――「アランゲイル」……母とも呼べぬ、私を生んだあの女が、この身につけた呼び名……。
……。
――「アランゲイル」……乳母が、あの
……。
――「アランゲイル」……父と名乗るあの
……。
――「アランゲイル」……。
……。
――「アランゲイル」……誰だ……まだ呼びかけてくる者は……。
……。
……。
……。
――「アランゲイル」……「兄上」……「お兄さま」……。
……。
……。
……。
――黙れ……黙れ……黙れ……!
……。
――
……。
――私に、全てを奪われておいて……!
……。
――
……
――……シェルミア……。
……。
……。
……。
周囲に満ちる
……。
……。
……。
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