27-2 : 感情の残り火
「……行ってしもうたのう」
シェルミアとエレンローズの姿が消えた空間を見つめながら、ガランがぽつりと
「人間、のう……まぁ、悪い奴らではなかったわい。いい
「さぁ、お次はあなた方の番でしてよ」
2人を“宵の国”の中心へと送り出したローマリアが、ゴーダとガランに目を向ける。
「どちらへの転位をお望み?
頬に右手を添えて、首を
「“イヅの大平原”だ……小細工は無用。正面から打って出る」
“
「あったり前じゃ! 人ん家に勝手に上がり込んできた挙げ句、あんな
怒りと
「まぁ、血の気の多い方たちですこと……先ほどまでの大人しさは
ローマリアが思わず、頬に片手を添えたまま首を振って、「いやですわ」と
「それだけのことを連中はやってくれたというだけのこと……これでも
「そーじゃそーじゃ!」
ゴーダとガランの背中から、メラメラと闘気が立ち上っていくのが目に見えるようだった。
「あら、そうですか。勇ましいことですわね」
顔を上げたローマリアが、ゴーダの顔をちらと見やる。
「……うふふっ」
サラリサラリと、ローブの擦れるきめ細かな
「……ねぇ? わたくしもその“お礼参り”、手伝って差し上げましょうか」
兜の奥で、ゴーダの顔がピクリと動く気配があった。
「……お前がか?」
「ええ」
「……どういう風の吹き回しじゃ、ローマリア」
ガランの声音にも、思わず意表を突かれたような調子が含まれている。
「ふふっ……今日はなんだか、そういう気分ですの。野蛮な戦士の空気に当てられるのも、たまには悪くありませんわ……戦場の土埃と、飛び散る汗と、そして血の臭い……うふふっ、想像しただけでクラクラしてしまいそう……」
ゴーダの耳元に聞こえる魔女の吐息に、
「あなた方はたった2人……戦力は、多いに越したことはないでしょう?」
「それは……まぁ、そうじゃが……」
ガランの顔に、渋い表情が浮かんだ。
「うふふっ、ガランもああ言っていますわ……」
湿った声音で誘惑するように
「ねぇ、いいでしょう?……わたくしも連れて行って? 今回ばかりは純粋に、
「……」
「ふふっ」
思案している暗黒騎士の兜に、魔女の額がコツンと当たる。ローマリアの甘い香りが、
「……
「連れて行って下さいますの? 下さいませんの? どちら?」
笑顔の下にうっすらと
「……よろしく頼む」
返事を返した暗黒騎士の声が口籠もっていたのは、兜を被っていたせいばかりではなかったのだろう。
「アはっ。よかったぁ」
ゴーダの首に回していた腕を解いて、ローマリアが上機嫌な様子で、自分の頬の横で両手を合わせながら嘲笑混じりに声を弾ませた。
「うふふっ、
「……
「ふふっ、分かっていますわよ」
「まぁ実際、ローマリアの転位魔法の援護があるのはありがたいわい。かつての師弟どうし、息が合うじゃろうしのう」
そう
「からかうのはよせ、ガラン」
「ガハハ、目の前で
「勘弁してくれ……」
ゴーダの深い
「ふふっ……。さぁ、では……参りましょうか」
そう切り出したローマリアの声は、真剣で、澄み切っていた。
「西の果てから、東の果てへ――3人同時の超長距離転位は、少々骨が折れましてよ。ゴーダ、ガラン……わたくしの近くへいらっしゃい」
2人の守護者と女鍛冶師が、互いの手が触れる距離にまで近づいて、円を描くようにして向かい合った。
「……跳びますわよ」
***
――同刻。“宵の国”、東方。ボルキノフ、ユミーリア制圧下、“イヅの城塞”。
ギョロリ。
古い言い伝えにあるような、
ギュルン。ギュルン。ギュルン。
“ユミーリアの花”に、無数の眼が花開いていく。巨大なものから微小なもの。丸いものから
ブチリ。ブチリ。ブチリ。
ブヨブヨとした半透明の体液に覆われた、青白い肉の幹をその内側から引き裂いて、女の腕のようなものが生えていく。手のひらだけで“イヅの城塞”の居室を1つ握り潰せるほどの巨大な腕。それが1本、2本、3本と数を増やしていき、鋭く分厚い爪がヒステリーを起こしたように己の生え出たその根本をバリバリと自傷していく。
バサリ……バサリ……バサリっ。
そしてその引き裂かれた肉の幹から噴き出した濃緑色の汁を
肉の幹の最下部に横たわる、かつて人間の少女の形をしていた部分はとうに肉の幹の内側に
そのことを呪いでもするように、女の腕のようなものが2本、かつて自身で握り潰した肉の幹の樹冠部に、深く爪を突き刺した。
「――きゃあぁぁぁぁあああああああああああぁぁぁあああああっ!!!!!!!!!」
――“ユミーリアの花”が、300年前“石の種”に込められた願いと
理性を眠らせたその娘が、世界をどのように認識しているのかなど、そんなことは誰にも分かりはしない。
ただ――。
……。
ただ、“それ”が何の感情の残り
……。
……。
……。
“飛ぶ”という本来の存在意義も持たぬ
グネリ。と、その光景が倒錯者の見る幻覚のように
……。
……。
……。
「――きゃあぁぁぁぁあああああああああああぁぁぁあああああっ!!!!!!!!!」
そうして、“災禍の娘ユミーリア”の絶叫が、“拒絶”の感情の残り火を顕界させた。
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