中央戦役(前編)
27-1 : いつか穏やかな陽の下で
――“宵の国”、西方。“星海の物見台”。
採光窓から差し込んでくる月光の光を浴びて
いや、眼前で起きたことに理解が追いつかず、目を離すことすら忘れているといった方が正しいだろうか。
しかし誰よりもその状況が信じられず、目を丸く見開いて
「……な――」
魔女が目線を下の方へと下げながら、思わず「何ですの」と
「――こほっ」
ローマリアが小さく
動揺に揺れる
「……」
ローマリアの左目が、ゴーダとガランに向けられる。その目は何が起きたのかと、無言のまま2人に問うていたが、暗黒騎士も女鍛冶師も、ただ
「……。……ぅ゛……っ!」
一拍遅れて、魔女が右手で
「ごほっ! ぐっ……あ゛っ……! ごぼっ! はぁ゛っ……はぁ゛っ……! ゴホッ!! ォえ゛……!」
ビチャビチャビチャと、おびただしい量の吐血がローマリアの白いローブと床を汚す。月光を背にした魔女の
やがて、
そしてゆっくりとくずおれていくその姿に向かって駆け出したゴーダとガランが、ようやく声の出し方を思い出したとでもいうように、魔女の名を叫んだ。
「――ローマリア!!」
――。
――。
――。
***
――“宵の国”、西方。“星海の物見台”。
――数分前。
「これを持っていけ」
ゴーダがシェルミアに差し出した手の中には、
「一筆したためておいた。“向こう”に着いたら、これを“侍女”に渡すといい。もっとも、こんなものは不要だろうがな」
「かたじけないです、ゴーダ卿」
書状を受け取ったシェルミアが、ゴーダの手甲に覆われた手を、同じく手甲を
「……。今更、愚問だろうが、もう1度だけ
シェルミアに握り返された手を、確かめるように更に強く握って、ゴーダが問う。
“何が”とまでは
「……」
シェルミアが、ふと口を閉じて思いを巡らせる間があった。
「ここが、引き返せる最後の
ゴーダの射抜くような厳しい視線が、シェルミアの
「……」
暗黒騎士の手に、姫騎士の手の感触が
「……最初の質問には、“はい”と答えます。2つ目の忠告には、“いいえ”と返します」
銀の
「私とエレンローズが“明けの国”に帰るのは……私たちのこの宿縁に、けりをつけたときです」
……。
兜の奥で、ゴーダがふっと笑う気配がした。
「……やはり、愚問だったな。ああ、その言葉を聞いておきたかった」
書状と姫騎士の手から手を放し、1歩後ろに下がりながら、“魔剣のゴーダ”が納得したように
「次に会うときは……そうだな。以前飲み損ねた、良い茶葉で入れた茶でもいただこうか」
「えぇ、是非に。そのときは、“本物のエレンローズ”とともに歓迎します」
シェルミアがそう言いながらゴーダに微笑を返し、傍らに立つエレンローズは何のことか分からず小首を
「さぁ、準備なさい。わたくし、
ゴーダを追い越し、シェルミアとエレンローズの真横に立ったローマリアが、突き放すように言った。
「ふふっ、
首を
「心得ておきます、ローマリア卿」
知っているとでもいうふうに、シェルミアが魔女に向かって軽く
「うふふっ……なぁんだ、詰まらないですわ……」
ゴーダを置き去りにして、そうして2人の女が言葉の下に隠したやり取りを二言三言交わし、やがて互いに目線を外した。
「…………」
「……アは」
シェルミアから
1度はその身体に絡みついた魔女の白い手が、守護騎士の長く伸びた銀の髪に滑り込み、頬を
「
「…………」
「
「…………」
「うふふっ、ええ、その目ですわ……男は身勝手ですけれど、女はそれよりももっとずっと、
頬に触れる魔女の手をゆっくりと払い
そしてシェルミアとエレンローズを改めて振り返ったローマリアが、ローブの裾を持ち上げて優雅にお辞儀をしてみせた。
「それでは、
互いの隣に並び立つ姫騎士と守護騎士が顔を見合わせ、何も言わずにただこくりと
シェルミアが、両手を頭の後ろに回して長い髪をまとめ上げる。金糸のような細く美しい金色の髪と、水に流れる墨のようにそこに混じる真っ黒な髪。その全てを1本に束ねて左手で支えながら、彼女の右手が口に
「ゴーダ卿。別れの言葉は言いません」
1本に結われた髪を揺らしながら、シェルミアが振り返らずに言った。
「ああ」
「
「ああ」
「いつか……穏やかな
「ああ……必ずな」
……。
“明星のシェルミア”の髪を結びつけた銀の
その傍らに立つ“右座の剣エレンローズ”の右の手首には、金の組み
……。
「……必ずだ」
……。
……。
……。
礼の姿勢を解いて背を伸ばした“三つ瞳の魔女ローマリア”の姿の他に、ゴーダの見つめる先には誰の人影も残ってはいなかった。
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