26-20 : 返済問答
……。
……。
……。
「…………」
……。
……。
……。
「…………」
……。
……。
……。
――カチャリ。
陶器のティーカップが、皿の上に置かれる音が聞こえた。
「……今日の月は、
椅子の背もたれ越しに見える黒髪が、ふっと夜空を見上げる気配があった。
「……どうだろうな。月は月だ。変わり映えなどせんよ」
ずっと後方で、ゴーダがぽつりと言った。
「ふふっ……えぇ、そうですわ。
……。
「ですけれど――
……。
「……250年。わたくしはここから、あの遠い月をこの場所から見て参りましたわ――ずっと。ずっと。静かに。孤独に。穏やかに」
……。
「そうですわね……今日の月は、少し、
……。
「ここにはもう、2度と来ることはないと――
「そうだな。確かに言った。よく覚えているよ」
「……。では
「……
「ふぅん、そうですか……ならばどうして、その優柔不断な男がここまで来て、そんなところに棒立ちになっていらっしゃるの?」
「言っただろう。ここまで来て、
「ふふっ……それはつまり、わたくしの機嫌を
「……そうなのかもしれんな」
「うふふっ。えぇ、そうでしょうね。
「そうだな。お前には、借りを作りすぎてしまったようだ」
……。
……。
……。
「ふふっ……うふふふっ」
……。
……。
……。
黒髪を振り向かせることもなく、魔女が言葉を継いだ。
「それでは、
その曖昧な命令には、嘲笑とは別の薄ら寒い気配が潜んでいた。相手を試しているような、自分を傷つけようとしているような、冷酷な気配。
「…………」
しばしの間があって、“鐘楼”の石畳をゴーダの靴底が
「……」
天空のテラスにどんどんと近づいていき、魔女の真横を通り過ぎる段になっても、“三つ
――ギシリ。
「…………」
「……」
テーブルを挟んでそれぞれの椅子に腰掛けた2人の間に、会話はなかった。
やがて、月だけを見ていた魔女の視線が、ふらりと暗黒騎士の方へと向けられる。その目は焦点が合っていないようで、夢見心地というような、ぼんやりとした目だった。
「……ふふっ。良い判断でしてよ、ゴーダ。もしも
普段の見下すような嘲笑ではなく、にこりと乾いた微笑を浮かべて、ローマリアが単調な声で言った。
「だったらどうする……永久にここに閉じ籠もる気ででもいたのか」
「ふふっ……それも悪くはなかったかしら」
小首を
「…………」
「…………」
……。
「……“お茶はいかが”?」
2人の沈黙の後、ローマリアがそっと口を開いた。
「それが2つ目の借りの返済か?」
「さぁ? 御想像にお任せします」
……。
「……。……いや、今は遠慮しておこう」
ゴーダが小さく、首を横に振った。
……。
「……ふふっ」
魔女が小鳥のように短く笑い、自分のティーカップに口をつける。
……。
――カチャリ。
……。
ローマリアがティーカップを置いた瞬間、テーブルの上に置かれていたティーポットが、
「正解ですわ。あるいは外れ、ですかしら。先ほどのポットには、無味無臭の致死毒が入っていました……気づいておいでだったの?」
自分の
「……お前は、招かれざる客に茶を振る舞うほど、他人に寛容でもないし、興味も関心もない。それぐらいのことが分からない私だと思うか」
「いいえ? 知っていますわ――知っていましたわ」
テーブルの上にそっと伸びた魔女の白く細い手が、暗黒騎士の硬く武骨な手甲に触れる。
「
「……それで? 確かめた結果はどうだったのかね」
「ふふっ……
また、いつものあの嘲笑とは異なる、ふわりと美しい微笑を浮かべてローマリアが言った。
……。
……。
……。
「そろそろ、御用件を伺いましょうか」
指先でなぞっていたゴーダの手甲から手を離して、魔女がようやく切り出した。それをじっと待っていた暗黒騎士が、ゆっくりと息を胸に吸い込む。
「……。リザリア陛下のお言葉、忘れてはいないな?」
「越境した“明けの国”への対処を、“魔剣のゴーダ”に一任する……えぇ、忘れてなどおりませんわ」
「そうだ。具体的には、中央の防衛と、東方の奪還。この2つが目的になる」
「ええ」
「私は、シェルミアとエレンローズに――人間に、協力を要請しようと考えている。今の状況を収束させるために、力でねじ伏せることはできる……だが、それよりも私は、あの2人の存在に賭けてみたいのだ」
「そうですか」
ティーカップに掛けていた手を今は自分の長い黒髪に伸ばして、それに触れながらローマリアが興味なさげに
「……。ローマリア。ここからが本題だ。お前に戦力になってくれとは言わん、ただ――」
「ええ、よろしくてよ」
言葉の最中を切って、あっさりと合意を返したローマリアに、ゴーダは一瞬声を失った。
「どうしたのです? 何をそんなに驚いておいでなの?」
真っ
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