26-19 : 高い借り

「ふぅーっ! ひと仕事終えたわい! あぁ腹がいたのう! のう、飯にせんか?」



 鍛冶仕事の間ずっとかがめていた腰に手を当て、ボキボキと大きな音を立ててけ反りながら、ガランが言った。



「ワシは、肉がいいのう!」



 女鍛冶師の視線が、ゴーダを飛び越えてその背後に立っていたシェルミアとエレンローズへと向く。口の端によだれを浮かべている小鬼のような姿を前に、2人の人間は思わずギクリと身構えた。



「ん……? ガハハっ! そんな身構えんでもよかろう。取って喰ったりせんわい! 面白い奴らじゃのう、銀髪と金髪黒髪や。ガハハハっ!」



 恥じらいも何もなく大きな口を開けたガランが、豪快な声でガハハと笑った。



「魔族だろうが人間だろうがそれ以外だろうが、ゴーダが連れてきたんなら、それはワシにとっても身内のようなものじゃ。いやいや、理由なんぞどうでもよい。ワシは難しい話は嫌いでな」



 何も言わんでもいいと、口を開きかけたシェルミアにガランがブンブンと手のひらを振ってみせる。女鍛冶師の大雑把おおざっぱな人当たりに戸惑っていた姫騎士も、やがて観念したようにふっと肩の力を抜いた。



「シェルミアです。彼女はエレンローズ。お見知り置きを、ガラン様」



「ぷぷっ。のう聞いたかゴーダ、“ガラン様”じゃと! ガランでよいわ、ガランで」



 思わず吹き出して笑いながら、ガランがゴーダに向かって顎を向けた。



「ゴーダ、4人分、何ぞえる獣をってこい」



「……私がか?」



「ここにおるのは女3人。男はお主だけじゃろう。黙っていってこい。ワシゃあその間、そこの2人の持っとる剣でも見させてもろうとるでな」



「……女が……3人……?」



 その語尾に、思わず疑問符がついた。



「かぁー! 何じゃい何じゃい! 兜の下で顔をしかめとるのが透けて見えおる! 失っ礼な奴よのう! ふぃい……っ、ワシは疲れとんじゃ、飯を食ってひと眠りしたいんじゃ!」



 両肩を上げて腕をいっぱいに伸ばし、背中を反らしたガランの全身から、鍛冶仕事の疲労が具現化したように、ボキリボキリとすさまじい音がした。


 ――ビリッ。



「ぬぉっ!?」



 その音と声が聞こえた瞬間、ゴーダとガランの間に、シェルミアとエレンローズがさっと割って入っていた。



「〜〜〜っ! さっさと行ってこんかい! たわけっ!」



 壁のように立つ2人の騎士を飛び越えて、ゴーダを追い払うように小石が飛んでくる。



「……。そのじゃじゃ馬の面倒を頼む……」



 さっとひるがえって背を向けた暗黒騎士が、振り返りもせず姫騎士と守護騎士に向けて言った。


 4人分の食糧を――おそらくこれが、この4人でる最初で最後の食事を求めて、ゴーダが生い茂るやぶに足を踏み入れていく。


 その背後には、パラリと破れ落ちたさらしの変わりに、自分の腕で胸元を隠したガランの怒声が響いていた。



「――えっち!!」





 ***



 太陽が山より高い位置に昇る頃、いつ振りかのまともな食事を終えた4人は、木陰の下で休息に微睡まどろんでいた。


 さらしを巻き直したガランが大の字に手足を広げて、豪快にいびきをいて爆睡している。その近くで身を横たえているシェルミアとエレンローズも、蓄積してきた疲労が一気に噴出して、女鍛冶師のいびきも歯ぎしりも届かない、肉体が強制的に発生させた深い眠りの中に落ちていた。


 ――ガサッ。


 夢の中の出来事のように、草葉の揺れる音が意識の中に響いた。



「……ん……」



 シェルミアが、うっすらと目を開ける。まぶたは自分のものとは思えないほど、目の上に別の蓋をかぶせているのではないかと思うほどに重かった。


 トカゲのように細い瞳、無色に変わり果てた虹彩こうさいの宿る左目に、立ち上がったゴーダの背中が映る。



「……」



 肩越しに、暗黒騎士がこちらを振り向いたように見えた。



「……?」



 身体が、重い。声が、出ない。思考が、まとまらない。


 それは何か薬を盛られたであるとか、そういうものではなかった。それは単純な疲労。ゆえになおのこと、どうしようもできない全身の脱力だった。



「……」



 そしてシェルミアの見やる目の前で、“魔剣のゴーダ”が刀を振った。虚空に向けて振り下ろされた“蒼鬼あおおに・真打ち”の刃は空間そのものを斬り裂き、そのゆがみの向こう側に、ずらりと並んだ巨大な書庫を映し出していた。



「……ゴーダ、卿……ど、こへ……?――」



 そして、“三式:神道開かみじびらき”によって開かれた空間のゆがみと、どうしようもない睡魔に引きずり込まれたシェルミアのまぶたが閉じたのは、同時のことだった。


 ……。


 ……。


 ……。


 ――。


 ――。


 ――。


 書庫の仕掛けを作動させると、歯車と車輪の回る音がして、書庫の一角に隠された転位昇降機が姿を現した。


 転位装置のレバーに、暗黒色の甲冑かっちゅうまとった腕が伸びていく。



「……向こう側から閉じられていなければ、な……」



 レバーをガチャリと引き下ろすと、魔導器が起動する気配があり、昇降機の中心に転位陣がぼぉっと浮かび上がった。



「……。……。お前の言う通りだ……高い借りを、返す羽目になりそうだな……」



 ……。


 ……。


 ……。

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