26-18 : “蒼鬼・真打ち”

 鍛冶場から上がった“紫炎炭しえんたん”の炎は、その後あっというまに西方要塞跡地の大半を飲み込み、それを鎮める手段もないまま、一晩中燃え続けた。


 “宵の国”西方をぐるりと囲む天然の城壁、“大断壁”に朝陽あさひが差し込む頃になって、全てを燃やし尽くした火はようやく収まっていった。


 真っ黒に焼けてすすけた石柱。炭化した材木。もはや元が何だったのか推測することもできない、ねずみ色の灰の山。焼け跡から無数に立ち上る、白い蒸気の煙。



「……」



 焦土と化したかつての古巣を歩きながら、ゴーダは何も口に出すことができないでいた。



「…………」



 ゴーダの後ろを追うエレンローズが、進路を塞いでいる瓦礫がれきをどかしながら、後ろに続くシェルミアの通る道を確保している。



「ゴーダ卿……何と声をかければいいか……」



 言葉が見つからず、それでも無言でいるよりはましと、シェルミアが暗黒騎士の背中に語りかけた。



「……ガランとは……あの偏屈者とは、300年来の付き合いだった……喧嘩けんかっ早くて雑な性格で、部屋は散らかり放題で大酒飲みで……鍛冶仕事にしか興味のない、どうしようもない奴でな……」



 背中の2人を振り返ることもせず、ゴーダがぽつりぽつりとつぶやき始めた。



「どうしようもない奴だったが……仕事の腕前は恐ろしく確かだった。私と、私の部下たちが使っているこの剣は、“カタナ”と言ってな……この世でこれを打てるのは、あいつだけだった……」



 ……。


 ……。


 ……。


 ――ドンッ。



「……東方を……! “イヅの城塞”を取り戻すと……! あんたには付き合ってもらうと、言っただろうが……っ! この“魔剣のゴーダ”が、そう命じただろうが……っ!」



 やり場のない怒りと悔しさに、ゴーダが倒壊した石柱に拳をたたきつけた。メシメシと音を立て、太い柱が焼け野原に横倒しになる。



 ――『まぁそのときは、ワシ自らが火種となってやるわい』



 豪快に笑う顔と、言葉がよみがえる。それは、ベルクトたち“イヅの騎兵隊”を置いてきてしまったと嘆くガランが、“蒼鬼あおおに”を鍛え直すと張り切り直した際に口にしていた言葉だった。



「あれは……空元気だったのか……? あんた……もしかして最初から、こうなると分かっていたんじゃないのか……?」



 虚空につぶやくゴーダの背中に、シェルミアはもう一言も語りかけることができなかった。



「……っ……馬鹿者が……刀に取りかれた、大馬鹿ものが……っ!」



 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。



「――でぇきたあぁぁぁぁあぁぁぁああああああっっっ!!!!!」



「!」



「!!」



「!!!」



 焦土の中からズボッと生えた褐色の腕が、歓喜の叫び声を上げた。突然のその大声に、ゴーダもシェルミアもエレンローズも、思わずその場で跳び上がっていた。



「できたぁあっ! ついにできたっ!! 完っ!成っ!じゃっ!!」



 地面から生える腕が、天に向かってぐっと拳を握りしめる。瓦礫がれきの下で、その腕から下がもぞもぞと動く気配がした。



「うっ……む? 何じゃ? 何かつっかえとるぞ! ええいくそ! これだから使いとうなかったんじゃ! ここの炉は昔っからオンボロじゃったが、まさか崩れるとは思わんかったぞ! 腹が立つのぉ! 全く!」



 3人が唖然あぜんとなっている前で、地面が瓦礫がれき諸共もろともボコリと盛り上がり、それがみるみる内に小高い山のように競り上がっていく。



「ふんぬぅぅうっ! かぁーっ! 糞ったれじゃのう! 何でどいつもこいつも崩れてきおんじゃ!……っぬおりゃあぁああああっ!!!」



 ガラガラ、ズズン。と、瓦礫がれきの山を押しのけて、褐色の肌に赤髪を生やし、額にちょこんと小さな2本の角を生やした姿が、そこに立っていた。



「……」



「…………」



「……」



「お! ゴーダじゃ! ガハハ! いやぁー、昨夜は騒がせたのう!」



 “よぅ”と機嫌良さそうに手を上げて挨拶しながら、ガランが豪快にガハハと笑った。



「……ん……?……あっちゃぁ……こりゃたまげた! あのボロ要塞が見る影もない! やってしもぉたぁ……」



 参ったというふうに頭をきながら、ガランが「まっずいのう」と顔をしかめた。



「……。……。……まぁ、えっか! どうっせ誰も使っとらんかったんじゃし! “こいつ”が完成したんじゃ、問題なかろう! の! ゴーダ!」



 気分良さそうにそう言ったガランが持ち上げた手には、深く静かな蒼をたたえた刀が握られていた。


 皆が、開いた口が塞がらず無言のままでいる中、誰にかれたというわけでもないのに、ガランがペラペラと饒舌じょうぜつに説明を始める。



「やっぱり思っとった通りじゃった! 普通はのう、焼き入れは刀身を程よく熱してから水か油で一気に急冷してキンキンに入れるもんじゃ。まぁワシは、絶対秘密の湯加減の湯を使うのが好みじゃが! ところがどっこい! こいつは、“蒼石鋼あおいしはがね”はそこいらの鋼とは訳が違う! 常識が通じん! こいつは急冷しても焼きがほとんど入らんのんじゃ! やわっこくなってしまう寸でのところまで一気に加熱して、そっからは常温でゆぅっくり空冷してやる! そうしてやることで1番上質な焼きが入る! いやぁ、“イヅの城塞”で蒼っちぃのと大喧嘩げんかしたときにのう、たまったま気づいたんじゃ! ワシでなけりゃあ見逃しとったな! ふふん、けったいな鋼じゃが、ようやく扱い方が分かってきたわい!」



 得意げに振り上げた“蒼鬼あおおに”を満足そうに見上げるガランが、フンスと鼻息を荒くする。一世一代の大業物おおわざものを完成させた興奮が冷めやらず、周りが呆気あっけに取られていることなど全く眼中にない様子だった。



「……」



「……」



「…………」



「……む? 何じゃい……何をそんな神妙な顔をしとんじゃ?」



 自分にそそがれている視線にようやく意識の向いたガランが、首をかしげて怪訝けげんな声を出した。



「……んん? そこの銀髪。それと、金髪黒髪。お主ら見ん顔じゃが……スンスン、何じゃこの臭い……? え? 人間……?」



 突き出した鼻を犬のようにフンフンと嗅ぎ回して、ガランが眉間にしわを寄せる。臭いがどうのと言われたがわのシェルミアとエレンローズも、うっすらと顔をしかめていた。



「ゴーダ……お主まさか、ワシが死ぬ思いで刀を打っとった間に、人間の女子おなごはべらせてよろしくやっておったなどと抜かさんじゃろうな。お?」



「……お前が死んだと思っていろいろ回想してしまった私の時間を返してくれ」



 暗黒色の兜を被るゴーダの顔色はうかがい知れなかったが、ひどく複雑な心境でいるのだろうということだけは、シェルミアもエレンローズも察していた。


 そんなことにまるで関心がないのは、当のガランだけである。



「は? 勝手に殺すでないわい。失礼な奴じゃのう」



 身を乗り出したガランが、突っかかるようにゴーダを顎の下からのぞき上げた。



「……」



「……」



 ……。


 ……。


 ……。



「……心配したぞ、ガラン……本当に、心配した……」



「……くたばってたまるかや。言ったじゃろう、ワシらの家をめちゃくちゃにしおった、あの糞ったれの顔を1発ぶん殴らにゃ、気が済まんと」



 たわけたことを抜かすなと、ガランがゴーダにガンを飛ばしながら鼻で一蹴した。



「……」



「……。……むぅ」



 そして暗黒騎士の兜を散々睨にらみつけた後、後ろに下がった女鍛冶師は照れ隠しするようにそっぽを向いて頬をポリポリといた。



「まぁ、何じゃ……心配かけてしまったことは、悪かったと思っとるし? ワシなんかのことをそんなに気にかけてくれたというのも、悪い気はせん、かのう……? 無茶むちゃをしたのは、もちろん“蒼鬼あおおに”を完成させるためでもあったが……それより何より……ムグムグ……お前さんのために、やったのであって、じゃな……あぁもう!」



 ビリビリと布の裂ける音がして、ただでさえ面積の少ない胸元のさらしを帯状に千切ったガランが、それを“蒼鬼あおおに”の剥き出しになっている握りにぐるぐると巻きつけた。


 急ごしらえの柄を得た銘刀“蒼鬼あおおに”――それをつかんだ拳でゴーダの胸当てをゴツンと小突きながら、耳を赤くしたガランが声を荒らげた。



「慣れん言葉は、背中がむずがゆくなるわい! とにかく受け取れ! “火の粉のガラン”、魂の一振り――“蒼鬼あおおに・真打ち”じゃ」



 超高硬度鋼から打ち出されたその刀身は、以前より更に増した深い蒼に輝いて、刃の部分はの光にかざすとうっすらと紫色を帯びた。それを鍛えた紫炎の色をそのまま写し込んだような刃に浮かび上がる波紋は、寸分の狂いもない真っぐな直刃すぐはで、その紋様をただじっと眺めているだけで、それを打ち鍛えた者の執念と情の深さがにじみ出てくるようだった。


 暗黒騎士が、差し出された稀代きだいの名刀を何も言わずに受け取った。冷めきっているはずの刀身の核に、“母親”譲りの消えない炎の熱を感じる。手首を返してわずかに振るうだけで、空気そのものが断ち斬れていくような、言葉に尽くしがたい不思議な感触が手元に伝わってきた。


 手にかかる刀身の重みと、重心の位置。片刃剣特有のわずかなり具合と、直感的に流れ込んでくる間合いの感覚。それらをひとつずつ確かめてから、ゴーダはその銘刀を、久しく収めるべきものを失くしていたさやの中にゆっくりと納刀した。


 さらし布を巻き付けただけの柄からは、つばがかち合ったときのあのカチンという小気味の良い音こそ聞こえてはこなかったが、すとんと刀身がさやの中に収まった感触は、思わずめ息が出るほどしっくりとくるものがあった。



「……やっぱり、あんたの刀が、この手には1番よく馴染なじむ」



 “魔剣のゴーダ”が、ただ一言、そうとだけつぶやいた。



「……ん。そう言うてもらえるのが、何より1番、ワシはうれしいわい。ウシシシっ」



 ニッとほころばせた口許くちもとから歯をのぞかせて、“火の粉のガラン”が悪ガキのように無邪気に笑った。

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