26-16 : “守護騎士の契り”
「なるほど……事態は把握した」
「……あるいは、私にも問題があったかもしれん……あいつに、ローマリアに柄にもないことを、私が言えた口ではない言葉を口にしてしまった。
そう
「何のつもりか知らんが、奴に問い詰めるしかあるまい……」
「魔女の――ローマリア卿の所在が分かるのですか……?」
そう問いかけるシェルミアの声音には、不安の色が浮き出ている。
「幸いにと言うべきか、あいにくと言うべきか……あいつの居場所なら知っている」
ボソリと小さな声で
「? ゴーダ卿……?」
シェルミアが、
「いや、何でもない。こっちだ……ついてくるといい」
「???」
明らかに重い足取りで、ゴーダが“星海の物見台”最下層の奥まった場所へシェルミアを案内していく。
「この塔には何箇所か、隠し階段のようなものがあってな――正確には転位装置だが。それがローマリアの私室に
眼前にずらりと並ぶ巨大な書棚の一角へとやってきたゴーダが、兜の奥でふぅと大きな鼻息を漏らす音が聞こえた。背後に立つシェルミアから、暗黒騎士の肩がそれに合わせて上下に動くのが見えた。
「……何か問題でも……?」
長剣の柄に思わず手をかけながら、シェルミアが警戒するような声音で尋ねた。
「……いや……その、なんだ……
そう言いながらゴーダが書棚へと手を伸ばしたとき――ゴトリとそれが、“内側から開いた”。
「む」
伸ばした手をぴたりと止めて、暗黒騎士が1歩後ろに下がる。
書棚に仕込まれた機械仕掛けが作動して、大重量がズルズルと音を立てて滑り動いていく。
……。
「……! エレン!」
書棚の内側に隠されていた転位昇降機に女騎士の姿を認めて、シェルミアが思わず声を上げた。ゴーダの横を追い越して、その下に駆け寄っていく。
ピタリ。と、シェルミアが足を止めたのは、その次の瞬間だった。
「……え……?」
シェルミアが、困惑した声を漏らす。
左腕を失い、短かった銀色の髪が肩にかかるまで突然伸びたエレンローズを前にして、姫騎士は言葉が喉で詰まるのを感じた。
シェルミアの強い戸惑いは、もちろんエレンローズの容姿の変貌振りに対して抱いたものでもあったが、それ以上に――。
「……。……エレン……なのですか……?」
――それ以上に、エレンローズの
「…………」
エレンローズが無言のままふわりと
女騎士の歩みに合わせ、彼女の腰に
天に浮かぶ月に雲がかかりでもしたのか、塔の最上層から差し込む月光が女騎士の足元を照らし出すように床の上を
「…………」
盾の前に膝をついたエレンローズが右腕1本でそれを手に取り、静かに胸に抱き寄せる。その背中を見やるばかりのシェルミアたちからは、女騎士がどんな表情を浮かべているのか
「…………」
幾らかの時間、魔導器“封魔盾フリィカ”に無言で語りかけるようにしてから、女騎士がゆらりと立ち上がり、振り返った先のシェルミアの下へゆっくりと帰ってくる。
「エレン……」
青い月光に照らされる中、数歩分の距離を空けて、“明けの国”の騎士が2人、正面から向き合った。“宵の国”の暗黒騎士はいつの間にかその場から離れていて、今は月の光の外でそれを見守るようにして
「…………」
エレンローズが、シェルミアの前に
運命剣の剣先が地を突き、真っ
「……。エレンローズ」
どんな言葉よりも強くはっきりと騎士の忠義を体現してみせた女騎士を前に、シェルミアが口を開く。その声にはもう戸惑いも迷いもなく、
「私は、何もできませんでした……王族でありながら、騎士団長でありながら、“宵の国”との衝突を止められませんでした……。多くの騎士を、死なせてしまった……。エレンローズ……
……。
「私の命でそれを償えるのならどれだけ楽だろうと……何度も、何度も何度も、そんなことを考えてしまいました……」
……。
「ですが、ずっと分かってもいたのです……私の命などで、釣り合う
……。
「だから、私は
……。
「エレンローズ」
……。
「何もできなかった私に……“明けの国”にとっては、もう王族でも騎士でもない私に……
そう言うと、シェルミアはその手に握っていた
「…………」
シェルミアがその血をエレンローズの長剣に
……。
……。
……。
「我が血と刃を、
「…………」
……。
……。
……。
「この“明星のシェルミア”とともに在るは、“
「…………」
“明星のシェルミア”の血と、“守護騎士の長剣”が、エレンローズへ。
“右座の剣エレンローズ”の血と、“運命剣リーム”が、シェルミアへ。
それは“明けの国”に伝わる、騎士と主君の間に結ばれる最上級の契りの儀式――形骸化し、いつの頃からか省略された、痛みを伴う血の交わしの儀礼まで経た、死後も決して切れない、誓いの
儀式が終わると、まずシェルミアが顔を上げた。その気配を知ったように、続いてエレンローズが顔を上げて主君の目を
「……私は、“守護騎士の契り”を誰かと結ぶなんてことは、生涯ないだろうと思っていました。ふふっ、王位継承第1位で、おまけに騎士団長だったのですから、強いて相手がいるとすれば、それは自分自身ということになってしまいますからね」
そう言いながら微笑を漏らすシェルミアの表情には、ずっと1人で背負ってきた
「エレン――
その言葉を口にしたことで、感情の水底に沈んでいた黒い塊の一部が溶けていく感覚があった。
「……ああ……」
胸の奥が暖かくなって、目の前が見えなくなっていく。
「ごめんなさい……
「…………」
ポロポロと静かに涙を流すシェルミアを、エレンローズは落ち着いた表情のまま何も言わずに抱き締めた。右腕だけの包容で、守護騎士が姫騎士の背中をまるで子供をあやすようにトントンと
「ああ……私はきっと……ずっと誰かに……またこんなふうに、抱き締めてもらいたかったのでしょうね……」
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