26-4 : 鈴の音
「カッ……カッ……」
ローマリアの手を借りて“不毛の門”の中間地点に転位したゴーダがまず耳にしたのは、文字通り虫の息となった“渇きの教皇リンゲルト”の力を失った声だった。
そして次に目に入ったのは、その
「カッ……カッ……」
朽ちかけてカラカラに渇いた皮膚だったものがこびりつき、黄色く変色した骨で
「…………」
ローマリアが嘲笑すら漏らさず、ただ
「カッ……カッ……」
無惨だった。こうして見ている正にこの瞬間にも、見る見るうちに朽ち果てた骨の身体を崩壊させていきながら、リンゲルトが力のない腕を必死に伸ばすその姿に、かつての北の四大主の面影は見る影もなかった。
ボロリ。
「……ぅ……」
「……っ……」
持ち上げた自らの腕の重さにすら耐えきれず、リンゲルトの右腕がボロボロと千切れ砕けた。その様を、
「カッ……ァアッ……血を、おくれ……肉を、おくれ……灰を……灰、を……」
直視できないほど無惨な姿に成り果てたリンゲルトが、熱に浮かされたように枯れ尽きた声で
「……渇きを……癒やしておくれ……癒やして、おくれ……癒や、して……」
とうに両脚も千切れて更に小さくなった骨の身体を引き
「……リンゲルト……!」
見るに堪えなくなったゴーダが、1歩前に踏み出した。
ゴーダの足が乾いた大地をザリッと踏み締めたのと、死に体そのもののリンゲルトの身体が、シェルミアが大地に刻み込んだ国境線をわずかに越えたのとは、同時の出来事だった。
……。
……。
……。
――リィーン。
その音は、何の前触れもなく唐突に、静かに鳴り響いた。
――リィーン。
月夜の冷たい夜露のように、混じり気のない澄んだ鈴の透き通った音が聞こえた。
――リィーン。
……。
……。
……。
――リィーン。
……。
……。
……。
「――私は“
「――私は“照らす者”。月の影と星の
まるで作り物のように真っ白な手が、
「――私は“添う者”。
きらりと揺れる小さな
「――私は“送る者”。この口伝うは
白と黒の2色だけで編まれた、決して動きやすいとは言えない質素なドレスのような造りの給仕服。己の存在に“侍女”という以上の意味が与えられることを拒むように目元を覆い隠しているベール。そして唯一
「――お久し振りにございます。皆々様方」
そうして、どこからやってきたのか誰も理解することができないまま、“大回廊の4人の侍女”が一糸乱れぬ所作でゆっくりと腰を曲げ、給仕服の裾を優雅に持ち上げて、4つの声を1人が発したとしか思えない単一の声にして、深々とお辞儀をしてみせていた。
「…………」
ゴーダもローマリアも、シェルミアもエレンローズも、1歩も動けず、
「――
長いスカートの端を優雅に持ち上げ
「――“明けの国”より、“
「……!」
「――同じく“明けの国”より、“
「……これは……」
突然名を呼ばれたことに戸惑いの色を隠せない2人を置いて、侍女が続けた。
「――……そして……北の四大主“渇きの教皇リンゲルト”様……」
そのようにして、その場に居合わせる魔族と人間の名を全て読み上げてから、“大回廊の4人の侍女”は深々と垂れていた
「――以上で、相違ございませんでしょうか」
……。
余りに唐突な問いかけに、誰も応えることができなかった。シェルミアとエレンローズは何が起きているのか分からず
「――……
誰の返答も返ってこないことに、“大回廊の4人の侍女”がわずかに首を
……。
「……ああ、相違ない……」
ゴーダが、随分と間を開けてからゆっくりと返答した。
ベールから
「――皆様の御身分に相違なきこと、確かに承りました」
「――突然の御挨拶、さぞや驚きになられたことでしょう」
「――礼を欠きましたこと、ここにお
「――大変失礼をいたしました」
その手に持つ道具以外に見分けのつけることのできる一切の記号を廃した侍女が、透き通るような同じ声を次々に継いで言った。まさに一糸も乱れることなく、不気味なほど精密に互いの所作を合わせる“大回廊の4人の侍女”には、近づき
「…………」
「…………」
そして一拍の間を置いて、非礼を
「ゴーダ卿……これは、一体……」
辛うじて身を起こせる程度にまで回復したシェルミアが、ゴーダの背中にそう問うたが、暗黒騎士はその場にじっと
リィーン、リィーン。と、“
その鈴の音に合わせ、何かを導く道を照らし出すように、“照らす者”が不思議な光を
陽光とも月光とも異なる
そして侍女の手が指し示す虚空へ向かって、“送る者”が小さな鍵を
……。
……。
……。
――ガチャリ。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
「……
そうして、冷たく感情の欠落した、少女のような声が聞こえた。
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