26-2 : 無粋
まるで眼球に張り付いてしまったのではないかと思うほど固く閉じられた
「……貴公の願い、確かにここに果たしたぞ、シェルミア」
まだ
“魔剣のゴーダ”は、岩場に腰を下ろして兜越しにシェルミアの顔に視線を送っている。暗黒色の
全身に
「本当に、
再び
「説教の1つも垂れたいところだが……今は絶対安静だ」
「……う……」
そういう訳にもいかないと、シェルミアが身体に
「――ゴーダの声が聞こえませんこと?」
「っ!?」
それまで“不毛の門”の乾いた岩々と、断崖絶壁に切り出された四角い空しか映っていなかったシェルミアの視界の中に、何の前触れもなく突然、“三つ瞳の魔女ローマリア”の姿があった。驚きで、思わず目が丸くなる。
「それとも、言葉の意味が分かった上で、それは聞けないとでも
鼻先が触れそうなほどにずいと顔を近づけて、ローマリアが
「……小生意気な女には、
魔女の両の口角が、ニタリと
「よせ、ローマリア」
魔女の背中に、暗黒騎士の静かな声が忠告するように言った。
「……。……ふぅん」
首だけを後ろに回したローマリアが、ゴーダをじっと見つめて
「……ええ、いいでしょう……
振り返っているローマリアの長い黒髪が首元から垂れ、シェルミアの顔を
「彼がああ言っているように、
シェルミアの方を振り向き直しもせず、じろりと左目で流し見ながら、ローマリアが人差し指の先で姫騎士の額をこつんと突いた。
眼球そのものがぐるぐると回転して、脳が直接揺れているようだった。世界が猛烈な速度で転げ回り、地面に
「うぅ゛……っ!」
自分の
「よせと言っているだろうに……」
ゴーダが
「――せん」
激しい
「シェルミア、もういい――」
「――よく、あり゛ません……!」
「……」
その声にゴーダは口を噤み、ローマリアはいつの間にか暗黒騎士の傍らに転位して面白くなさそうにそっぽを向いていた。
「……言葉が……見つかり、ま゛せん……っ!」
……。
「……何と、言えばいい゛のか……分かりません゛……!!」
……。
言葉がなかった。
喉が潰れてしまったわけでも、考えがまとまらないからでもない。
何と言えばいい。何を差し出せばいい。どんなに言葉を並べても、どんなに対価を考えても、何も思い浮かばなかった。
「1人で……背負ってみせると……覚悟、していたから゛……! もう、生きて帰ることはな゛いと、思っていたから……! ゴーダ卿……
一拍遅れて、胸の奥が熱くなる。“感謝”などという単語では、表現し尽くせなかった。この世のありとあらゆる文字をどう当て
胸に
「
声を上擦らせながら、この感情をどう伝えればいいのかと、シェルミアは悔しそうに拳を固く握りしめた。
「……」
苦しげに言葉を
「……そんなに私に言いたいことがあるのなら、もっとましになった身体と頭で整理してから改めて言いに来い……。悪いが貴公にばかり構っている暇はない……私にはまだ、先約があるのでね」
魔女の治療によって傷こそ塞がってはいたものの、暗黒騎士の足取りは重く、わずかにふらつきもしていた。身を翻し、横たわるシェルミアを背に、“不毛の門”の西側、“宵の国”へと続く道をゆくゴーダの
ゴーダの姿を認めた黒馬が脚を止め、主を気遣うようにブルルと鼻を鳴らしてみせる。
黒馬に静かに歩み寄ったゴーダが、
「……約束通り……預けていた私の
ゴーダがそう言うが早いか、黒馬から飛び降りて右腕1本で抱えていた銘刀“
「……1人で背負ってみせるだと……?
手綱を持つまでもなくゴーダの隣に付いて歩き始めた黒馬を連れて、ゴーダが2人の人間の騎士と距離を空けていく。
「……うふふっ」
そんなやり取りを、ローマリアが1歩も動かず面白がるように見ていた。
「…………」
歩き去っていくゴーダが、背中に目でもついているように、背後に
「……アはっ」
それを見たローマリアが狂的に笑い、次の瞬間には両脚を
「……
「黙れ……無粋だ……」
「あら、これでも一応褒めて差し上げていますのよ?」
からかうように、ローマリアがクスクスと笑った。
「……。……ほっとけ」
遠く背後で、誰の声とも分からない大きな泣き声が聞こえたが、それを振り返ろうとする者はどこにもいなかった。
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