25-7 : クソジジイ
「どうした、ゴーダよ。運命剣を使うがよい……その目に敗北の未来が映り込むまで、貴様の選択した運命に付き合ってやろうではないか……。
……。
ゴーダがふらりと、深手を負った両脚で体勢を立て直し、運命剣を地面から引き抜いた。
「…………」
しかし暗黒騎士はその剣を構える素振りを見せず、だらりとその剣先を垂らすばかりだった。
「カカッ……どうした、構えよゴーダ。さぁ……」
……。
「さぁ……!」
……。
「さぁ!」
……。
「さぁ!!」
「――黙れ……」
傷の痛みと出血で体力を削られたゴーダが、
「黙って聞いていれば……死者がだらだらと
――カチン。それは、ゴーダが“運命剣リーム”を腰に
「ほぉ……?」
力の入りきらない両脚で辛うじて立ち、剣を収め、その柄に左手をそっと添わせているだけの無防備な立ち姿のまま微動だにしないゴーダの様子を見て、姿を消したリンゲルトの声が虚無の中に湧いては消える。
「どういう風の吹き回しかのう、暗黒騎士……未来を意のままに選択するその絶対の神秘を手放すか? カカッ、今更潔く首を差し出そうとて、楽には殺してやらぬぞ――」
「ごちゃごちゃと
「…………」
ゴーダのその
「未来を選択する力……確かに、この上なく強力な魔導器だ。だが……どうやら、私には無用の長物らしい」
……。
「あの無限の万華鏡は、気が散って
……。
「だが……ようやくまともに、手に
暗黒騎士の兜の奥で、紫炎の眼光を宿した瞳がゆらりと揺れた。
「ああ、“
燃えるようにゴーダの瞳の中で揺れていた紫炎の光が、スッと消える。そして次にそこにあったのは、刺すように鋭く収縮した紫色の光の点が、兜の内側から虚無の1点をぴたりと凝視している光景だった。
「……!」
“無色の灰”と化して存在を消し去っているリンゲルトの意識に、ゾワリとさざ波が立った。
――目が合ったじゃと……? ふん、馬鹿馬鹿しい……。
――ただの気の迷いよ……“無”に変質したこの器に対して、そのような概念は意味をなさぬわ……。
――…………。
――この対局、幕引きを早めた方がよいようじゃ……。“災禍の血族”に触れた人間どもは、我らネクロサスと同じく滅びねばならぬ……邪魔をするな、ゴーダ……。
……。
……。
……。
ヌッ。と、運命剣を
その鋭い切っ先が黒い
しかし、リンゲルトの手元に伝わってきたその感触は
「カカッ! 土壇場でよくもかわす! つくづく運の強い男よな、ゴーダ――」
渇いた
「カカカッ……」
間髪入れずに、リンゲルトが再び“無色の灰”となり、気配と殺気を消失させる。
――……いつからこちらを見ておった? まさか、
「…………」
存在を完全に消し、意識だけとなったリンゲルトがゴーダの様子を
“無色の灰”となって漂うリンゲルトが、手元に三つ
――次は、勘ではかわしきれぬぞ、ゴーダ……変幻自在のこの槍で、貴様をどこまでも追い、串刺しにしてくれる。
教皇の意識体が、顕現前の槍を疾走させ、不可視の灰の状態で最高速度に達したその先端が、ゴーダめがけて実体化した。
――カチン。
それは、実に奇妙な音だった。抜かれた剣などどこにもないにも関わらず、存在しないはずの抜き身の刀身が
ぼろりと斬り崩れたリンゲルトの手の中から、三つ
「なっ……!?」
ゆらり。
なぜ自分の身体が勝手に崩れ落ちたのか理解できないまま、ぐらりと体勢を崩して倒れかけるリンゲルトの視界に――ギョロリとこちらを
「…………」
暗黒騎士の眼が、無言のまま教皇の姿を捉えて放さなかった。
「ぬぅっ」
“無色の灰”に
「何をしたのか知らぬが……
手負いの騎士に反撃の
――カチン。
また、あの不可解な、
リンゲルトの身体が、ボロボロになって砕け落ちていく。そしてその様を片時も見逃さんと、ゴーダの視線がまたもギロリとこちらを見ているのだった。
「……“魔剣”かっ! 悪あがきをしよる……!」
「……魔剣……? なるほど……リンゲルト、お前にはこれが魔剣に見えるか……」
棒立ちの体勢のまま、ゴーダがぽつりと言った。
「カカッ! そのような奇手、魔剣でなくして何だというのだ」
言葉だけを残して、リンゲルトが姿を消していく。
ゴーダはただ、同じ姿勢で微動だにせずそこに立つ。
「深く知りもしないものに、自分の常識を押しつけるな、リンゲルト……いつ、私自身の“剣技”が、“魔剣”に劣ると言った……?」
……。
……。
……。
「――“我流:
……。
……。
……。
ゴーダが左手首を返し、その手を添えていた柄ごと
「ぬぐっ?!」
――カチン。
幹竹を割るように頭骨を真っ二つに斬り分けられたリンゲルトが、
「礼を言おう、リンゲルト……」
ゆらりと振り返ったゴーダが、紫の光点で倒れた教皇を凝視しながら
「これほどの重圧と、緊張感と、自分の血の匂い……四大主となって以来、ついぞ味わってこなかった感覚だ……」
……。
「久し振りだよ……本当に、久し振りだ……」
……。
「自分が“成長”しているという、この感覚を味わうのはな……」
……。
“魔剣のゴーダ”の
それは風に身を任せて
「我が剣術に、高みへの糧を与えてくれたこと、感謝するぞ――クソジジイ」
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