24-7 : 番人
……。
……。
……。
「ゆけい……」
渇いた骨がゆらりと揺れて、リンゲルトがシェルミアを指差した。それに導かれるように、渇いた風に乗ってどこからともなく舞い飛んできた灰が渦を巻き、その中から十数体の白骨化した亡者たちが
その薄ら寒い光景を前にして、しかしシェルミアは長剣を突いて直立した構えのまま、前に出ることも後ろに下がることもせずにそこにいた。
「引き返しなさい……」
シェルミアの言葉を無視して、亡者たちがおぼつかない足取りで進み続ける。
「引き返しなさい……」
……。
「引き返しなさい……」
何度も何度も、シェルミアは同じ言葉を繰り返した。その内の1つでも、地の底から
「カカッ、
シェルミアに1歩また1歩と近づいていく亡者たちが、暗い口を開けて、そこを通り抜ける風切り音が低い
「
立ち尽くしたままのシェルミアに、肉と血に飢えた亡者たちが手を伸ばし、金色の髪の上に影を落とした。
「……カカッ」
……。
……。
……。
――ザシャッ。
……。
……。
……。
「……ほぉ」
リンゲルトが、感心するように息を漏らした。
「……。ここより先は通しませんと、言った
地面に突き立てていた抜き身の長剣を、流れるような太刀筋で、しなやかに片手で振り上げて、“明星のシェルミア”が涼しい声で言った。
無駄な力を
「引き返す者を、追うような
振り上げていた長剣に再び全身の
その光景を、リンゲルトが食い入るように見つめていた。
「まこと、美しい剣
教皇が、思わず吐息を漏らしながら感嘆の声で
……。
……。
……。
「……なればこそ……シェルミアとやら……その肉の一片、血の一滴、骨の髄の一掻きまで、その全てを、喰ろうてやろうぞ……」
「…………」
カタカタと骨を震わせるリンゲルトを鋭く見つめ返しながら、シェルミアは無言のまま岩場に預けていた兜を手に取った。
「……言葉の出る幕は、これまでです」
「左様……」
「ここからは、力に訴えます。御無礼を……リンゲルト卿」
シェルミアが兜を被り、
「……良きや良きや……
……。
……。
……。
「カカカ……」
……。
……。
……。
「――“
リンゲルトの紫色の
そして
「――オ゛ォォ゛ォ……」
風切り音に混じって、それらの皇たるリンゲルトの召還に応えた太古の戦士たち――“青銅器の骸骨兵団”が、朽ちた鎧と武器を振り上げ、シェルミアの前に姿を現した。
かつての戦の記憶によって動き回る骸骨兵たちが、あっという間に“不毛の門”を埋め尽くす。
無数の亡者の足音が、我先にと地面を蹴った。
「――オ゛ォォ……ッ」
そして次の瞬間、渓谷の両翼で、ガシャガシャとけたたましい音が複数聞こえた。
「ふむ……」
召還した“青銅器の骸骨兵団”の行進を最後尾から眺めていたリンゲルトが、鼻で
先の“ネクロサスの墓所”での戦闘とは異なり、“不毛の門”の地形は面積が限定されている上、足場も凹凸が激しい。数で圧倒する正面戦闘を得意とするリンゲルトにとって、そこは地の利を得られない場所だった。
単調で緩慢な動作しかとれない骸骨兵たちにとって、それは大きな不利となる。左右を断崖絶壁で挟まれた地に
「やれやれじゃ……醜態を
顎に手を置いた姿勢のまま首を回し、不機嫌そうにコキリと骨を鳴らしたリンゲルトだったが、その声音は冷静で、冷酷なままだった。
「まぁ、よい……少々不格好ではあるが、小娘1人押し潰すには十分よ……」
転倒した同胞を無感情に踏み砕きながら、“青銅器の骸骨兵団”が止まらない前進を続ける。たった1人の、剣と鎧を
「――オ゛ォォ゛ォ……!」
隊列の最前線に立っていた数十体の骸骨兵が、生者の血の匂いと熱とを感知して、渇望の叫びを上げ、シェルミアに飛びかかった。
……。
……。
……。
「
……。
……。
……。
「――ここから先は……通しません!」
シェルミアが横に払った手の中には、一巻きの
封を解かれた術式巻物が払い出された勢いに乗って空中にバサリと広がり、そこに書き連ねられていた古い術式文字が淡い光で輝いて、それが消失すると同時に巻物は朽ちてボロボロに散っていった。
ザリッ。と、朽ちた巻物を手放したシェルミアが大地を踏み締める。そして数十体の渇いた“青銅器の骸骨兵”たちが、その剣の間合いに入った瞬間――。
――ジャリッ。
目で追いきれないほどの斬撃の束に巻き込まれ、最前線の骸骨兵たちは細切れの骨の山と化した。
ザリッ。と、人間業ではない連撃を繰り出したシェルミアが、脚を肩幅に開いて重心を落とした姿勢で大地に踏ん張る音だけがあった。兜越しにも、鋭い眼光がはっきりと見える。
「カカッ……面白い」
その光景を眺めていたリンゲルトがコキリと骨を鳴らして、さっと手を振り下ろした。それを合図に、“青銅器の骸骨兵団”の歩行速度が上がり、転倒した骸骨兵には脇目も振らず、その亡者の群れはシェルミアに向けて一直線に突っ込んでいった。
「……っ!」
ザリッ――ジャリジャリッ。
シェルミアが大地をぐっと踏み込み、長剣から放たれた連撃が“青銅器の骸骨兵団”を迎え撃った。
「はあぁぁっ!」
断ち斬られた青銅器の剣が舞い飛び、砕かれた骨片が大地に降り積もる。かち割れた
「あぁぁああぁああぁぁっ!!」
愚かしくただ前進を続ける“青銅器の骸骨兵団”が、シェルミアの振るうたった一振りの長剣の前にことごとく斬り砕かれていく。その太刀筋の速さと鋭さは“神速”と呼ぶ他なく、人の身でありながら
「…………」
リンゲルトがすっと後方で手を上げると、それに応じて骸骨兵団はピタリと歩みを止めた。
「ここから先は通さん、か……カカッ」
――ザリッ。
「面白い……まこと、面白いではないか……」
――ガツンッ。
脚を肩幅に開いて重心を落とした元の姿勢に戻ったシェルミアが、長剣を大地に突き立てる。その前には神速の斬撃によって斬り伏せられた、数え切れない“青銅器の骸骨兵”の大小様々の破片が積み上がっていた。
その混戦の中、足下の大地に刻み込まれた境界線を越えた骸骨兵は、ただの1体もいなかった。
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