24-4 : 明かりのない窓辺
――“明けの国騎士団”、兵舎。
「……ええい! くそ……くそっ……!」
小さな丸テーブルの横に据えた椅子に腰掛け、男が腹立たしげに
「あのひょろ長と年寄りめ……! 敗走の責任を、このわしに押しつけおって! 陛下も陛下だ……なぜああも
恨みつらみを
悔やみきれない屈辱に
「……むぅぐ……お終いだ……出世の夢も、何もかも……!」
参謀官が酔いの回った目でちらと首を回した先には、寝台の横に放られた大きな四角い革の
部屋の中を見渡すと、そこは
「……ふんっ、せいぜい、わしを踏み台にして
……。
「強欲者どもめ……むぅぐ……どいつもこいつも……」
誰かに怒鳴り散らすように独り言を
トントン。と、部屋の扉が外から小突かれる音が聞こえた。
「……むぅぐ……」
トントン。
「うるさいぞ……立ち去れぃ」
トントン。
「立ち去れと言ったのだ! このわしを
酔いの回った頭にかっと血が上り、参謀官が扉を小突く音に向かって怒鳴り上げた。
……。
音が
「えぇい、どいつもこいつも憎たらしい……むぐむぐ……」
……。
……。
……。
トントン。
トントン……トントントン。トントントントン。
間を置いて再び始まった扉を小突く音に混じって、参謀官は自分の堪忍袋の緒が切れる音を聞いた。そしてその反動で充血した目をかっと見開き、怒りの勢いに任せて椅子から立ち上がった。壁に立てかけられていた勲章付きの剣に、さっと手が伸ばされる。
「……ええぇいっ!! いい加減にしろ!!! このわしを……このわしをっ、侮辱しおって!!!」
片手にむんずと剣を
「そこになおれっ!! 無礼者が!!!」
参謀官が扉を開けた先、
「――ええ、それは、お互い様です」
参謀官が気づいたときには、ローブを被ったシェルミアはするりとその背後に回り込んでいて、尊大な
「な、何をする
「幾らか話を聞きに来ました。応じるならば何も危害は加えません。抵抗する場合は……覚悟していただくことになります」
「なっ……その声はまさか……シェ、シェルミア殿下?!……どうやって……!」
「回答を、まだ聞いていませんが?」
「う……っ」
参謀官が握っていた剣から手を離し、両手を上に上げ、抵抗の意思がないことを示した。
「ありがとうございます」
シェルミアが、参謀官の首からさっとナイフを下げた。
「……随分と、気を荒らしているようですね」
肩越しにちらと振り返った先の、やけ酒の跡を目に
「ぐ……っ。……。……。ふ、ふんっ。今の
シェルミアのたしなめる声に参謀官は一瞬
「ならばどうします。私を――脱獄した反逆者を、このまま騎士団に差し出しますか?」
そう言うシェルミアの顔は驚くほど
「……。……そのようなことは致しませぬ」
参謀官が観念するように
「わしのこの身は、そういった権限を失った立場ゆえ……。それに、騎士団に差し出そうにも、その騎士がいないのでは話になりますまい」
参謀官のその言葉を聞いて、シェルミアが1歩前に踏み出した。
「それについてです。この状況はどうなっているのです――」
更に1歩、足が前に出る。
「兵舎は、どこももぬけの殻でした。騎士団は……この国は、
元騎士団長のその問いかけに、参謀官は自嘲気味に首を振り、鼻で小さく笑った。
「何も御存じないか。無理もありませんな、あのような地の底に幽閉されていたのでは」
……。
「腰を下ろされてはいかがですか、シェルミア殿下」
参謀官が部屋の反対側に指を向け、先ほどまで自分が酒を飲む
「無用です」
シェルミアが、冷たい声を返す。
「左様でありますか……。……では、お話しいたしましょう……殿下が騎士団を去られてからの、一部始終を……」
それから参謀官は、更に酔いが回って
……――。
……アランゲイルが、シェルミアに替わり王位継承権を得たこと。
……その実兄が更に騎士団長の座に就き、妹の有していた権能を全て掌握して間もなく、宰相ボルキノフの助力を受けて“宵の国”へ向け全面攻勢をかけたこと。
……“宵の国”の東方・南方・西方・北方、その全てで“明けの国”は破れ、甚大な損害を出したこと。
……――。
「“明けの国騎士団”は……全兵力の過半数を失いました。特に、北方戦線の被害は
参謀官が、自虐的にクックと笑った。
「……」
参謀官が言葉を切るまで、シェルミアは片時も目を
「……アランゲイルとボルキノフは、
シェルミアが、不気味なほど落ち着いた声で参謀官に問うた。
その問いかけに、自暴自棄になっている参謀官はゆっくりと首を横に振った。
「分かりませぬよ……。アランゲイル様は南方戦線の指揮を執られておりましたが……それからは音信不通……。ボルキノフ閣下に至っては、戦端が開いてから城の者は誰もその姿を見ておりませぬ」
「……。ならば、現在の指揮を執っている者は? 民の間に混乱が広がるようなことがあってはなりません」
シェルミアが更に参謀官に詰め寄って、厳しい声音で言った。
「…………」
参謀官は口を噤み、元騎士団長の顔を直視できないその目は横にすっと流されていた。
気まずげにしている参謀官の頬に、汗が流れる。
「どうしたというのです。このようなことになって、
「――シェルミア殿下!」
目を固く閉じた参謀官が、意を決して重い口を開き、シェルミアの言葉を遮った。
「……?!」
「シェルミア殿下……王都から、お逃げ下さい……」
参謀官が、一語一語を喉から絞り出すようにしながら、そう言った。
「……どういうことです」
シェルミアは変わらず冷静な声で問いただしたが、その顔の隅には不穏な予感から来る影が差していた。
「……。……。……“宵の国”が……北の四大主が、こちらに向けて戦線を移動させておるのです……」
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