24-3 : “幽閉区”
「はぁっ……はぁっ……」
おぼつかない足下を1歩1歩踏み締めながら、シェルミアが地上へと続く階段をゆっくりと上っていく。その足取りは、痛々しかった。
20日近く鎖に
疲弊しきった身体は鉛のように重く、今すぐこの場に座り込んでしまいたいという衝動で全身に脂汗が噴き出していた。
「はぁっ……! はぁっ……!……っ……立ち、止まるな……! こんな、ところで……っ! 立ち止まっている、訳には……いきません……!」
シェルミアを支えていたのは、騎士団長を勤める中で鍛え上げられた鋼の意思と、兄を差し置いて王位を継ぐと決めた日に心に打ち込んだ覚悟だった。
「私は……私は……!」
そして、その意思と覚悟の奥底にあるのは――。
……。
――おにいさまぁ!
自由に庭を走り回り、花を折ってしまったと悲しむ幼い娘の影。
……。
――お前は、優しい子だね、シェルミア。
慕っている兄に、頭を
……。
――……“おにいちゃん”。
その手で
……。
「私は、もう……! 誰の悲しむ顔も、見たくない……!」
それが、“明星のシェルミア”の、根源に流れるものだった。
……ふわりと、柔らかな感触があった。今にも立ち止まってしまいそうな身体に動け動けと念じ続け、ただがむしゃらに石段を登り続けていたシェルミアの
「……っ!」
暗い地下牢の中で眠りとも覚醒ともつかない闇の中を漂い続けていた目が、
目が潰れてしまうのではないかというほどの強い光の刺激にようやく慣れてきて、シェルミアがうっすらと
それを認識した瞬間、停滞していたシェルミアの中に、五感を通じて実に多くの情報が飛び込んできた。
夜露を含んだひんやりとした空気が肌を
鎖の揺れる音と自分の
澄んだ水の匂いというものを、シェルミアはそのとき生まれて初めて感じ取った。それは絵にも言葉にも置き換えることのできない、本能に訴えかけてくる不思議な感覚だった。
「……」
その感覚を頼りに、シェルミアは歩を進めた。
彼女が今いるのは、王族と大臣たちから“幽閉区”と呼ばれ忌み嫌われている場所だった。王城の広大な敷地内の片隅、皆が目を背けるように閉ざされた影の場所。位を持つ人間が重い罪を犯したとき、その存在自体に蓋をするように押し込まれる箱庭――その中を、シェルミアがたった1人で横切っていく。
“幽閉区”にはシェルミアも立ち入ったことがなく、土地勘は全くなかったが、しかし彼女の足取りに迷いはなかった。水の湧き出る気配とその澄んだ匂いに導かれるように、シェルミアはその箱庭の中をただ真っ
そして夜気に
「……こんな場所が……」
その泉は水底が透けて見えるほどに透明で、そこを
泉のほとりにシェルミアがゆっくりと歩み寄っていき、膝を突く。
「……。冷たい……」
衰弱した手の震えが伝わって、
「っ……ごほっ……! あ゛は……っ!」
全身がそれを欲する余り、シェルミアは思わずむせ返った。
「……っ!」
その段になって初めて、シェルミアは自分がどれだけ渇き、どれだけ飢えていたかを自覚した。
渇きを癒やす泉の水を手のひらに2度、3度と
「……はっ……はっ……!」
しかしそんなものでは、彼女が耐え続けてきた空虚を埋め合わせるには、到底足りなかった。
恥も外聞も放り捨て、シェルミアは両手を地面に突いて四つん
――。
――。
――。
「はぁ……はぁ……」
息をするのも忘れて水を飲み続けたシェルミアがようやく頭を上げ、手の
「……」
命の音に満ちた深く静かな月夜の下で、
「……」
……。
そしてシェルミアが、音も立てずにそっと立ち上がる。
……。
「……」
静寂の中、かすかに
金色の長い髪を背中に下ろし、一糸
透明な水底を踏む自分の足を水面から
「……
上半身を泉に浸すと、清らかな水が背中についた無数の打ち傷と
「……」
見上げる夜空の雲の
水面を漂いながら、胸一杯に息を吸い込んだ。
――はい……覚悟は、できています……。
水の流れに身を任せ、全身から力を抜いた。
――こんなことをするのも、きっとこれが最初で最後。
ゆっくりと息を吐き出して、そして静かに、目を閉じた。
――だから……もう少しだけ、こうしていさせて下さい……。
――。
――。
――。
バシャリ。と、水面の静寂の破れる音がして、
月を見上げる
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