23-5 : 生きている限り
「“神速の伝令者”の
1日目と同じように
「…………」
ゴーダの言葉に耳を傾けながら、エレンローズがじっと
「……怖いか? “渇きの教皇”が」
「…………」
しばらくの間、エレンローズは微動だにしなかった。そして、随分と長い間を開けて――。
「…………」
彼女は小さく1度だけ、暗黒騎士の前でこくりと
「恐怖を認めることは、臆病ではない。闇雲に命を捨てようとするのを、勇敢とは言わないのと同じだ」
そう言うゴーダの声は、昨日よりも穏やかに聞こえた。
「“死”というものに、過度な価値を求めない方が良い。自分の命なら、
「…………」
「ふむ、正直で結構。安心しろ……道連れの女1人ぐらい、この“魔剣のゴーダ”が
「…………」
……。
……。
……。
その夜、エレンローズは、深い深い眠りに就いた。悪夢も幻覚もない、溶けてしまいそうな、泥のような眠りだった。
***
山脈の輪郭が白み始め、3日目の朝の兆しが
積み上げた
ゴーダは木の幹に背中を預け、座った姿勢のまま顔を
平野に差し込む
……。
カサリ。と、音を立て、残り火の
……。
……。
……。
カタ、カタ。
……。
……。
……。
カタカタ、カタ。
……。
……。
……。
太陽の光が、大地に人影を投射する。浮かび上がった
……カタ、カタカタ。
……。
そして欠けているのは剣だけなく、地面に投影されたその頭部も一部が欠け落ち、あばらの数箇所から光が透けて見えていた。
……。
……。
……。
ベキリッ。
振り上げられた
「……亡者
――。
――。
――。
「…………?」
エレンローズが目を覚ます頃には、骸骨兵も
「よく眠れたか?」
そう言うゴーダの声音は、少しだけ
「…………」
信じられないほど深く眠り込んでいたエレンローズが、寝ぼけ眼をこする。
「目覚めたばかりのところ悪いが、すぐに出立する。準備しろ」
「?」
「リンゲルトだ。近いぞ」
「!!」
ゴーダの口から“渇きの教皇”の名を聞いて、“運命剣リーム”を握るエレンローズの手に思わず力が入り、顔が青ざめた。
黒馬を引いてきたゴーダが、残り火のくすぶる
「
ぶつぶつと独り言を漏らすゴーダが、状況を確認しながら残り火を踏み消した。
「まだ、リンゲルトはこちらに気づいていない。立てるか?」
黒馬に
「…………」
暗黒騎士の差し出した手を見つめて、しかしエレンローズは首を横に振って見せた。
「…………」
そして次の瞬間には、彼女は誰の手も借りず
「……よろしい」
ゴーダが兜の奥で、
「決して生き急ぐな。ここまで来て死に急ぐ
東の四大主、“魔剣のゴーダ”が手綱を強く引き絞る。
「お前の
その背中をゴーダに預け、“運命剣リーム”を抱き締めたエレンローズが、はっきりと
後ろ足で立ち上がった黒馬が雄々しく
***
――同日。“明けの国”北北西。
奇岩の連なる山脈の
気の遠くなる過去に大河がそこを流れていた痕跡が、左右に険しくそびえ立つ断崖絶壁に刻み込まれている。かつてその地を満たしていた水の気配は今となっては見る影もなく、乾いた冷たい風が砂埃を巻き上げて岩々を風化させていくばかりの不毛な光景が続いていた。
太古の濁流によって山脈に切り開かれたその地は、魔族領“宵の国”と、人間領“明けの国”との間に
左右を断崖に閉ざされた1本道の幅は、場所によっては人間が10人も並んでは立てないほどの狭さにまで引き絞られている。そこは高地に万年雪を
渓谷を吹き抜ける寒風が乾きをもたらし、草木が根付くことを拒む。そこには魔物も獣も寄りつかず、魔族の営みも人の往来もない。文字通りそこは、不毛の地だった。
ゆえにいつの頃からか、その地は“不毛の門”と呼ばれるようになっていた。
――ザリッ。
土色だけに満たされた“不毛の門”を、くぐる者があった。
冷たい渓谷の中に、足音が幾重にも反響する。その音は何百・何千という数に聞こえたが、その実そこにあるのはたった1人の人影だった。
その背中に従える者たちの影はなく、魂を鼓舞する喝采の音も、その身を案じて帰還を促す声もない。
ただその人影は、“不毛の門”の
まるで自分こそが、この地の門番であるというように。
――ガツン。と、剣先が乾いた大地に突き立つ音がした。
“不毛の門”を吹き抜ける風が、1本に
……。
……。
……。
「――ここから先は、通しません……!」
――反逆者“明星のシェルミア”、北の四大主“渇きの教皇リンゲルト”……会敵まで、あと数刻。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます