22-12 : 巡り合わせ
“
目指すは北方国境線付近。その一帯のどこかで“明けの国”への攻勢進路を取っている
手綱を握ったゴーダが黒馬の横腹を足で小突き、出立の合図を出す。
それに応じた黒馬が、軽快な小走りを始めたが――。
「……?」
駆け出してから数秒後、黒馬は歩みをピタリと止めた。
「どうした?」
ゴーダがもう1度、手綱と足を使って黒馬に指示を伝える。しかし黒馬はブルルと鼻息を立て、
黒馬がゴーダの方へと首を回し、
「私に伝えたいことでもあるのか?」
ゴーダの語りかけに、黒馬はただ見つめ返すばかりである。その潤んだ瞳に、そこを
「……ふむ」
ゴーダがふっと、手綱を握る腕から力を抜いた。それを見届けた黒馬が礼でも言うようにフンと鼻を鳴らし、前に向き直って、それまで駆けてきた順路を外れ、原生林の
「身を隠している間に、何か見つけたか……案内してくれ」
***
雨が音もなく降り続けすっかり
「これは……ニールヴェルトの足跡か。なるほど、私に仕掛けてくるより前に、ここで何かあったといったところか」
カポカポと
泥の上に続くニールヴェルトの足跡の横を、赤い血を含んだ雨水が長く尾を引いて流れていた。
「……」
足下の血の流れを追って、ゴーダがその上流へと目線を
黒馬から降りたゴーダが、ゆっくりとそちらへ向かって歩いていく。中身のない
「……」
銀色の髪を短く切り
「奴のダガーだ……“ネクロサスの墓所”から敗走してきたのか、それとも仲間割れか……いずれにせよ、こんな場所で、しかも同じ人間の手にかかって
ぽつりとそう
「! これは……」
その古い様式の装飾が施された剣のことを、見間違うはずがなかった。
「なぜこれが……こんなところに……」
“運命剣リーム”。“魔剣のゴーダ”との一騎打ちに見事打ち勝って見せた、“明星のシェルミア”の振るった剣。夢にも思わないタイミングでのその剣との再会に、ゴーダはぞくりと肌が
「そうか、思い出したぞ……お前はあのときの…… 一騎打ちの見届け人だったか」
シェルミアとの一騎打ちに応じた際、その見届け人として“明けの国”の姫騎士とともにわずか3騎で国境線を越えてきた騎士の内の1人。シェルミアから“運命剣”を預け持たされていた騎士のその姿を思い出して、ゴーダは深く息を吐き出した。ニールヴェルトの狂喜の
「そうまでして、主君の剣を
ゴーダが、女騎士の身体に
「……」
その指先が柄に触れる寸前になって、暗黒騎士は
「……。無粋だな……。ニールヴェルトにさえ渡さず
剣に触れることなく手を下げたゴーダが、再び深く息を吐き出す。数秒間、兜越しに眉間に手をやり、考え込む間があった。
「……。ここでは魔物に喰い散らかされる……。ならせめて、誰にも暴かれないように墓を――」
ゴーダが
「……――」
「むっ……」
ゴーダが今1度、
「まさか……」
その手は“運命剣”を通り越し、
「……――」
「……」
ゴーダはそのままじっと身を固め、女騎士の姿を見やる。
……。
……。
……。
「……――ァ……」
……。
……。
……。
「……ふぅっ!」
ゴーダが三度、特別大きな息を吐き出し、脱力した。
「……生きているぞ、まだ……! しかし、このままでは……」
女騎士の身体は氷のように冷たく、心臓の鼓動は首筋に指を当てていても分からないほど弱っていた。呼吸をしているのかどうかさえ怪しく、ただ先ほど聞こえた消え入る寸前の
再び、暗黒騎士が押し黙り、思慮を巡らせる数秒間があった。
「……やってみるしか、あるまいな」
意を決したゴーダが、女騎士の横たわる
「よく、知らせてくれた。私にできる限りのことはやってみるつもりだ。しばらく他のことに気が回せんかもしれん……悪いが、そこで見張っていてくれ」
黒馬はまるでその言葉の意味を理解したように、寡黙を解いて1度だけフンと鼻を鳴らしてみせて、そしてそれきり、物音も立てずにじっとその場に居直った。
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