22-9 : 邪道の剣
「――“魔剣五式:
……。
ダンッ。と、
「
ニールヴェルトが身体に
狂騎士がその身に宿した雷撃を解き放ち、雷鳴が鳴り響き、雷の鎚が暗黒騎士を脳天から爪先にかけて一直線に貫いた。
泥の焦げ付いた異臭が立ち
「ひははははっ! ひははははははっ!!」
闘争の興奮の中に身を置いて、狂喜の
全身泥まみれになった黒い
「ひはははっ! 魔族ってのはさぁ、首の骨が叩っ斬られても死なねぇのかなぁ! どぉなんだよぉ、“魔剣のゴーダ”様ぁ! ひははははっ!!」
原生林の生い茂る枝葉を抜けて、雨粒が狂騎士と倒れた暗黒騎士を打つ。
「ひははははっ! ひははははっ!!」
暗黒騎士の
「ひははは――……は?」
泥が溶け落ちた後、“カースのショートソード”で貫いた肉と骨の感触だけを残して、“そこには何もなかった”。
「さすがに、急所を断ち斬られては、生きてはいないだろうな……」
声のした方へとニールヴェルトが顔を向けると、そこには狂騎士の周囲を回るようにゆっくりとした足取りで歩く“魔剣のゴーダ”の無傷の姿があった。
「私の息の根を止めた感触はどうかね?」
「……はっ。なぁに言ってやがんだよぉ……ピンピンしてんじゃねぇか、あんたぁ……」
ゴーダの言葉を鼻で笑い飛ばしながら、ニールヴェルトがのそりと立ち上がった。
「そうだな。まだこの首は
ピチャリピチャリと雨水を
「何ワケの分からねぇこと言ってんだぁ……? 戦いながら寝ぼけてんのかよぉ、ひははっ」
風と雷をその身に再び
その手に残っている、剣の刃先が
「どうした? 何が起きているか分からないという顔をしているな」
ニールヴェルトの動きが鈍くなっているのを見て、ゴーダが挑発するように言った。
「さぁ……どうだかなぁ。――“雷刃”」
狂騎士の右腕から稲妻が
「――“風陣:
極限まで圧縮された空気の刃が金属質の音を立てて直進し、暗黒騎士の
「ははっ……間違いねぇ。次こそは間違いねぇなぁ」
暗黒騎士の倒れ込んだ
しかし――。
「……」
「……ンだよこりゃぁ……」
頬を引き
「……はぁ?! どうなってやがる……何で何も残ってねぇんだよ、あぁ!?」
「
ピチャリ、ピチャリと水音の混ざる足音を立てて、ゴーダが先ほどと変わらない歩調で周囲を歩き回りながらゆっくりと
「こりゃあ、どぉいうことだぁ……? “魔剣のゴーダ”様よぉ……」
そう漏らすニールヴェルトのこめかみには、青筋が浮かび上がっていた。
「言っただろう……“少しだけ本気を見せてやる”と。それとも、我が“魔剣”はお気に召さなかったかな?」
「こ――」
「おっと、その位置から真っ
ゴーダの言葉に、踏み出しかけた足をピタリと止めたニールヴェルトは、頬にべたりとした不快感を覚えた。そこに手を伸ばしてみると、指先に頬の切り傷から流れ出た血がこびりついて、細雨に薄められたそれが地面にポタポタと滴り落ちた。
「……は?」
そんな傷は、今の今までついてなどいなかった。それはゴーダが忠告を発した瞬間、何者かによって、何かによってつけられたものだった。
“魔剣のゴーダ”は武器を構える仕草も見せず、ニールヴェルトの方へ向くこともせず、左手に
全く、意味が分からなかった。
原生林を風が吹き抜け、枝を離れた葉がひらひらと舞いながら落ちていく。その中の1枚が、「そこから先へは進まない方がいい」とゴーダの忠告した領域へと舞い込んだ途端……葉は中心からすぱりと真っ二つに割れて、そのまま水溜まりに落ちてゆらゆらと流れていった。
「この“五式”は、
歩きながらニールヴェルトに横目をやるゴーダの目つきは、兜越しにも分かるほど、氷のように冷め切っていた。
「騎士であれば、その手に持った剣一振りで戦ってこそよ……
……。
「ただ……“騎士ではない
「……」
ニールヴェルトが、ゆっくりと歩いて遠ざかっていくゴーダを追いかけようと歩を横に運ぶ。
「……うっ?!」
元いた位置から何歩か早足に移動した瞬間、ニールヴェルトは左脚に鋭い痛みを感じた。
痛みのする方へと、さっと目線を落としてみる。その先には、ざくりと切り傷のついた
「何だっつぅんだ……何だっつぅんだよぉ! さっきからよぉ!!?」
自分の置かれている状況が理解できず、頭の中でそれがぐるぐると回って調子を乱され、
投げ放たれたダガーは、ゴーダに届くより
「おい……おいぃ……暗黒騎士様よぉ……てめぇ、何してやがる……!」
ダガーを投げた後、怒りに震え固く握り締められたニールヴェルトの手のひらからは、新たにできた原因不明の切り傷から血がボタボタと流れていた。
「何でそんなところほっつき歩いてやがんだよぉ……ふざっけんな……俺の相手をしろよ……俺と! お前で! 殺し合わせろよっ!! こんなふざけた
まるで自滅していくように独りでに手傷を負っていくこの状況では、何も満たされない。渇いていくばかりの闘争本能に
「なるほど……確かに、この状況はふざけているな。その意見はもっともだ……」
ニールヴェルトの怒りの声に向けて、ゴーダがゆっくりと同意を示した。そしてそうしながらも
すと。と、その右足が足下を踏み込む気配があり、“虚空を踏みしめたゴーダが、ふわりと1歩、空中に浮かび上がった”。
「……」
“
続いて踏み出された左足が更に1歩高い位置の虚空を踏み、そうして“魔剣のゴーダ”は高く空中へと歩き昇っていく。
「我が第五の魔剣――“
……。
「私が通った後には、それと同じ重みを持つ見えない残像が残り続ける……。
……。
「こうして空中に、“踏み出した直後の私の足の質量”の残像を固定すれば……御覧の通り、それを踏み台に空中散歩も可能というわけだ」
……。
「貴様は気づかぬ内に、私が残した“剣先の残像”に取り囲まれているというわけだよ……」
……。
「先ほど貴様は、私に“ふざけるな”と言ったな……。ああ、その通りだ。全く
空中を
「だが、悪いな……。
東の四大主の、深く冷たい息遣いが聞こえるようだった。
「――貴様の相手をするのは、不快だ」
ただ闘争そのものを求める狂騎士に向かって
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