22-8 : 天才と凡夫

「……なかなかいい勘をしている。武芸の型よりも、自分の感覚に忠実なようだな」



 腕と脚に突き立った太矢を引き抜き、それをへし折りながらゴーダが低い声で言った。



「ああぁ、そぉなんだよなぁ……直そう、直そうって思うんだけどなぁ……ついつい、やっちまう。“狩り”ンときはそうでもないんだけどなぁ、俺より強ぇ奴を相手にすると、特になぁ……。ほら、俺、型にこだわるより勘で動いてる方がしっくりきちまうんだよなぁ……」



「才能に恵まれているな、羨ましい限りだよ。ひたすら型にならって稽古けいこするしかなかった私とは、大違いだ」



「あぁ? あんたぁ、“宵の国”最強の騎士なんだろぉ? 何言ってんだぁ?」



 ゴーダの言葉に、ニールヴェルトが奇妙なものでも見るように首をかしげる。その動きに合わせて、首の関節がゴキリと大きな音を立てるのが聞こえた。



「事実を言ったまでだ。私は凡夫の生まれでね。ただ――」



 自身の動物的な勘に任せて、破天荒で出鱈目でたらめな構えを取っているニールヴェルトとは対照的に、ゴーダは背筋を伸ばして剣術の基本的な構えを取ってみせる。



「――ただ、私には、我がままで才に満ちた師と、腕の良い変わり者と、優秀な部下たちと、ただひたすら修行のための時間があった。それだけのことだ」



「ああぁ、そぉ……よく分かんねぇけどぉ、きひっ、どうでもいいぜぇ……。あんたは俺より強ぇ………挑戦者は俺でぇ、それを迎え撃つのがあんただぁ。それだけのことがありゃぁ、後はどぉでもいい……」



 そう言って、獲物に飛びかかろうとする猛獣のように姿勢を低く構え、悪魔のようなわらい顔を浮かべるニールヴェルトの姿は、燃えたぎる闘争本能に身をささげた狂騎士そのものだった。



「きひっ……――“風陣:疾風はやて”」



 全身のバネに加えて、その身を吹き飛ばす風をまとって“烈血れっけつのニールヴェルト”が跳んだ。自らの動物的な勘のみに従った太刀筋が、奇っ怪な軌道を描いてゴーダに襲いかかる。



「貴様には間違いなく闘争の才能がある……――もっとも、私にはそれを補って余りあるだけの永い修練の積み重ねがあると、自負しているがね」



 獣の本能に恵まれた狂騎士と、鍛練の歴史を積み上げた暗黒騎士とが交差した瞬間、激しい衝突音がして――ニールヴェルトの斧槍が宙にはじき上げられた。



「ひははっ! すげぇよ……すっげぇよあんたぁ! ひははっ、ひはははははっ!!」



 ……。



「――狙い通りだぁ……」



 ゴーダと交差し、武器をはじき飛ばされた後も跳躍の勢いは衰えず、ニールヴェルトがその身にまとった風に吹き飛ばされながら、ニィっと口角をり上げた。


 その右手には、吹き飛んだ拍子に地面から引き抜かれた“カースのショートソード”があった。


 ――バチリッ。


 空中で身をひねったニールヴェルトが“カースのショートソード”を振ると、その右腕にめられた魔導器“雷刃の腕輪”に魔方陣が浮かび上がり、雷の刃が空を疾った。


 その稲妻が向かう先は、暗黒騎士にはじき飛ばされ空中にほうり上げられた斧槍の先端。



「――“雷刃:撲雷うちいかずち”」



 斧槍の刃に達した稲妻が目をく雷光を放ち、空気をはじき飛ばし、雷撃の塊が戦鎚ウォーハンマーのように周囲と暗黒騎士を打ち抜いた。


 耳をつんざく爆音が辺り一面にとどろいて、水溜まりの泥と雨水が爆風で吹き上がる。瞬間的な高温にさらされてもやが発生し、原生林の一角がその白煙に包み込まれていく。



「……っ……」



 長雨に冷やされた空気が雷撃の落ちた一帯へと流れ込み、もやが晴れ、視界が戻ってくる。その中心に、がくりと肩を落として背を丸めている暗黒騎士の立ち姿があった。



「ひはははっ! まぁったく、魔族ってのはほんとに頑丈にできてんなぁ!」



 “カースのショートソード”を地面に突き立てて制動をかけたニールヴェルトが、雷の直撃を受けたゴーダを見やりながらグニャリとわらった。



「……あぁ、そうだな……我ながら、そう思うよ……」



 そうつぶやくゴーダは、依然として上体をだらりと垂らして地面を見やっている。



「ひははっ、そぉいやぁよぉ、あんた、“魔剣”はどぉしたんだぁ? まさかその棒切れがそうだってんじゃねぇよなぁ? ひはははっ」



「……何、うっかり手元から消してしまってね……。まぁ……この場は“これ”で、十分だろう……」



 ゆらり。


 ゴーダがゆっくりと持ち上げた右手には、1本のダガーが握られていた。



「……! おいおいぃ……そりゃぁ、俺のダガーじゃねぇかよぉ。まさかさっきのどさくさで俺のベルトから抜き取ったってのかぁ……?」



「ああ、拝借させてもらった……さて、どうやら我が“魔剣”を御所望のようだが――」



 ゆらり。


 左手にさやを逆手に持ち、右手にニールヴェルトから奪ったダガーを握り、暗黒騎士がその身を起こす。



「――私の生まれた国には、“弘法こうぼう筆を選ばず”という言葉があってな……達人はどんな道具でも使いこなす、という意味だ……。いいだろう……少しだけ……本気をお見せするとしよう……」



 地面に立てたさやの上に両手を置いて、“魔剣のゴーダ”がゆっくりとそう告げた。そのほとばしる闘気が空気を伝い、ニールヴェルトの肌をビリビリとしびれさせる。



「……ひはっ……ひははっ……ひぃははははははははあぁっ!!!」



 東の四大主の放つ針のような気配に全身を包まれて、“烈血れっけつのニールヴェルト”は歓喜の狂声を上げた。



「なァんだこれぇッ?! きひっ、あヒッ、ひははははっ!! しびれるぜぇ!!! 最ッッッ高にっ!! しびれるうウゥっっっ!!!」



 その口を、裂けてしまうのではないかというほどにグパリと開けて、狂騎士が身体を海老えびらせて嬌声きょうせいを叫んだ。



「アぁ……イイなぁ……キマりすぎてぇ、頭オカシくなっちまいそぉだぁ……! んンンンあぁ……」



 ニールヴェルトが再びその身を地に伏せて、狂おしい獣の構えを取る。



「きひっ、きははははっ」



 そんな狂騎士の姿を見やる“魔剣のゴーダ”は、両手を添えたさやを地面に突き立てた姿勢のまま、どっしりと構えていた。



「先手は譲ろう……」



 暗黒騎士の眼光が、真っぐにニールヴェルトを射貫く。



「獣の剣で、この“魔剣のゴーダ”にどこまで届くか、試してみるがいい……」



 ……。


 ……。


 ……。



「――“風陣:疾風はやて”」



 ニールヴェルトが、大地を駆ける風をまとう。



「――“雷刃:撲雷うちいかずち”」



 爆砕の雷をその身に宿し、狂騎士が全身をしならせる。


 ……。


 ……。


 ……。



「ひははっ」



 ドンッ。と、風の塊が大地を蹴り上げ土砂を巻き上げる。雷をまとったニールヴェルトが驚異的な速度で跳躍し、構え立つゴーダに襲いかかった。



「ひはははははははぁあっ!!!」



 ……。


 ……。


 ……。



「――魔剣……“五式”――」



 “魔剣のゴーダ”が、ふぅーと深く息を吸い込み、ふわりとわずかに、地に突いたさやを持ち上げた。



「――“朧重おぼろがさね”」


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