22-5 : 無言の攻防
雨に
「そう気を立てるな……」
落ち着かない様子の黒馬の首を
「この辺りは手つかずの原生林だ……魔物の気性も他より荒いからな、無理もない」
主の手に触れられ、落ち着きを取り戻した黒馬が小気味よく
カッポカッポ。
カッポカッポ。
カッポ……ザリッ。
「……」
再び黒馬が、ブルルと息を荒らげて鬱陶しそうに鼻先を振った。
「……ついてきているな」
視線を周囲にゆっくりと巡らせながら、ゴーダが
「確かに、このざわついた空気は、落ち着かん……」
感情を
「獣の類いが
手綱を離れたゴーダの右手が、すっと腰に
「……」
先刻起きた、原因不明の次元魔法の暴発によって、銘刀“
獣の放つものではない、理性を含んだ不気味な気配が、付かず離れずこちらの歩みに合わせて移動しているのが分かる。
「……」
そして、黒馬とゴーダが歩みを止めた今、その気配もぴたりと静止しているのだった。
理性を持っている限り、決して殺しきれない気配の
それは気配の主が、ゴーダの放つ刃のように張り詰めた空気を前に機を
ゴーダは相手の位置が分からず、相手はゴーダに攻め込むだけの
先に気配を
……。
――静かすぎる……リンゲルトたちではないな……。
物音ひとつ立てず微動だにもしない、神経がビリビリと
――というより……考えたくはないが、いや、しかし……それしか有り得ん、か……。
ここは魔族の治める地、“宵の国”。そしてここにいるのは魔族最高位“東の四大主”である。ゴーダの
――……カース……“
……。
――何隊し損じた? “明けの国”の戦力規模は? 損害は? どこまで侵攻されている?
思わず、暗黒騎士は声を殺して小さく舌打ちした。それは全て憶測でしかなかったが、空白になったままの南方の情報と今のこの状況を
ゴーダの頭の中で状況が整理され、駒が埋まり、全体の
南方からの、人間による規模不明の侵攻。
北方では、恐らく“明けの国”王都へ向けたリンゲルトによる反転攻勢。
事態収拾の
そしてこのことを知るのは、暗黒騎士“魔剣のゴーダ”のみ。
――控えめに言って、状況は最悪……。
――どうする……“明けの国”は“
――ならばローマリアに……いや、駄目だ。あいつは拠点防衛に特化した四大主……“星界の物見台”と対になって初めて真価を発揮する。域外の大規模戦闘には不向きだ……。
……。
――考えろ……どうすることが、最善か……。
……。
……。
……。
「(ひははっ……やぁっと、
……。
……。
……。
――ドヒュッ。
乱雑に絡み合った原生林の枝々をくぐり抜け、1本の太矢が“魔剣のゴーダ”に向かって一直線に飛んだ。
「っ!」
思案を巡らせていたゴーダの一瞬の気の緩み、意識が別の事柄へと向いた瞬間を見逃さず、“
鋭い
「――“魔剣二式:
黒馬に
――ヂッ。
間一髪、矢の飛ぶ速度を暗黒騎士の見切りの早さがわずかに上回り、空間もろとも半歩分後ろに瞬間移動したゴーダの兜を
「(ひははっ! うっそだろぉ! 今のかわしやがった!……おぉっと )」
枝葉の壁の向こうに身を隠したニールヴェルトが、思わず興奮した声の漏れかけた自分の口を手で塞ぎながら
「(ひは……ひはははっ! あぁ、何だこれぇ……ひはっ、ああ、駄目だ、にやけちまう……)」
口角をぐにゃりと
「(ああ、今のでこっちの位置、ばれちまったかなぁ……やべぇなぁ……やっっっべぇぇなぁ……!)」
物陰に潜んだままのニールヴェルトは、しかしそう
「(あんなに見事にかわされちゃぁよぉ……意地でも当てたくなっちまうじゃねぇかぁ……。ひは、ひはは、ひはっ。命がけのかくれんぼといこぉぜぇ……“魔剣のゴーダ”様ぁ……ひはははっ)」
大弓の弦が引き絞られるギリリという振動が空気を揺らし、そして再び、沈黙が周囲を満たす。
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