22-3 : 騎士崩れ
「エレンん……お前ぇ!」
胸当ての外れたエレンローズの胸ぐらを
「何で剣を抜かねぇんだよぉ……何で腕輪を取り返そうとしねぇんだよぉ……何で、俺を殺しにきてくれねぇんだよぉ……! 冗談じゃねぇ……冗談じゃねぇぞぉ! エレンローズぅぅっ!」
「抜け……抜け! 抜けよぉぉっ!! エレンんんんっ!!!」
「やあぁぁっ!!」
ニールヴェルトの握り締めていたエレンローズの右手が振り払われ、突き飛ばされた狂騎士が後ろに倒れ込み尻餅をついた。
「ひっ……ひぐっ……」
ニールヴェルトの前には、
「ひっ……やだ……やだぁ……っ」
「……は……?」
狂騎士が、思わず
女騎士の右手は、運命剣の柄から完全に離れていた。
「やだぁっ……無理だよぉっ……私……ひぐっ……わ、私ぃ……っ」
目を堅く閉じ身体を丸めているエレンローズの震える歯が、ガチガチと音を立てる。
「……」
退行を起こしたように取り乱して
「……は? 何だよぉ、お前、それぇ……」
頭を自分の腕の中に埋めて、女騎士は自分の殻の中に閉じ籠もっていた。
「かかってこねぇのかよぉ……」
……。
「ここまでお膳立てしてやったのに……剣も抜かねぇのかよぉ……」
……。
「
……。
「……」
……。
……。
……。
“
「……ああぁぁ……もういいや。どうっでもよくなっちまったぁ……がっかりしたぜぇ、エレンん……本っ当に、がっかりだぁ……。お前がこんなに、退屈な女だったなんてよぉ……」
エレンローズへの興味をなくしたニールヴェルトが、殺意も侮蔑も嘲笑も何も含まれていない冷たい目で
「本当は、お前と本気で殺し合って奪い取るつもりだったんだけどなぁ……。駄目になっちまったお前には、もうこんなもんいらねぇだろぉ?」
狂騎士の指先がそっとエレンローズの右腕に触れ、そこに
「腕輪もお前を見限るってよぉ。がらくたになった女のとこにいても、ゴミ以下の価値もねぇからなぁ」
“雷刃の腕輪”が新たな主たるニールヴェルトの右腕に
「腕輪は俺がいただくぜぇ。……。あー……もうお前の名前を呼ぶのも面倒くせぇ……」
名前を呼ぶことも止めて、ただ女騎士の方を向いているだけのニールヴェルトの目は、どこまでも冷酷で、まるで山道に転がる獣の死体を横目で見やっているかのようだった。
「もう、その剣も、いらねぇよなぁ……。お前には不釣り合いの一振りだ……それは、剣も抜けなくなった騎士の面汚しが持ってて良い
ニールヴェルトが、エレンローズの背負う“運命剣リーム”の柄に手を伸ばしていく。狂騎士の眼中に、女騎士の姿はもう映ってはいなかった。
……。
……。
……。
そしてニールヴェルトの手がその剣の柄に触れるよりも先に、
「……あ?」
「そいつを離せよぉ、騎士崩れぇ……」
「……駄目ぇ……っ」
全身を震わせて
「駄目……これは、駄目なのぉっ……!」
「今更そんなもんに
ニールヴェルトの問いかけに、エレンローズはじっと剣を
狂騎士の
「……“雷刃”」
ニールヴェルトの右腕に
「ひぅ゛っ……!?」
「自分のだった腕輪に
「……っ」
小さな雷に全身を
「あぁ……そぉかよぉ……」
バチリッ。
「ひっ!? うっ……うう゛ぅぅ゛ぅっ……!!」
強さを増した稲妻に
「それを離せば済む話だろぉがよぉ……それだけのことだぁ……楽になっちまえよ、えぇ?」
「……や゛……だぁ゛……っ」
雷に打たれ硬直し、呼吸もままならない身体から声を絞り出して、エレンローズは必死にその一振りの剣を
その行為にどれだけの意味と理由があるのか、女騎士自身も分かってはいなかった。
それは、意地のようなものだった。
それは、何もかもを失った1人の人間が、これだけは駄目なのだと、一心不乱に
……。
……。
……。
「……ちっ……」
そして忍耐を先に切らしたのは、ニールヴェルトの方だった。
「あぁ……面白くねぇ……!」
“雷刃の腕輪”に浮かび上がる魔方陣を鬱陶しげに払い消し、ニールヴェルトが運命剣を抱えたままのエレンローズの首を左手で締め上げ持ち上げた。女騎士の両足が、
「だから、何だっつうんだよ……! 面白くねぇ女だぁ……ぶっ殺す価値もねぇってのによぉ……」
「……かは……っ」
「俺は殺す側でぇ、お前は殺される側だぁ……こんなもん、狩りですらねぇ。お前が今そうやって騎士の生き恥さらしてられんのもぉ、俺の気分がたまたまそうだってだけだからの
「なのによぉ……何でこんなに、イライラするんだぁ? くそがぁ……!」
自分が
そのことが余計に、ニールヴェルトを
――何で俺ぁ、こんな女にイラついてんだぁ……? 何でこんなによぉ、調子を狂わされてんだぁ……?
……。
――面白くねぇ……面白くねぇ……!
……。
――笑えねぇなぁ……。
……。
――これじゃあ、俺の方が負けたみてぇだろぉがよぉ……!
……。
……。
……。
「……ぁ゛……絶、対……っ、これ、だけは……せ゛っ゛た゛い゛……! 渡す、も゛んかぁ゛……!」
聞き取れないほどの
「……っ!……ああ、そうかい……そんなにそいつが大事ならぁ、永遠に好きなだけ抱いてりゃいいぜぇ……!」
……。
……。
……。
――ドスリッ。
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