21-8 : 復讐の咆哮

 ……。


 ……。


 ……。



「……ぺっ」



 重く降りた沈黙を、ガランの血反吐ちへどを吐く音が一瞬破り、そしてまた沈黙がやってくる。


 ……。


 ……。


 ……。



「……プッ……クククッ……」



 ……。


 ……。


 ……。



「クククッ……ハハッ……ガハハッ……ガハハハハッ! ガハハハハハハハッ!!」



 その沈黙に耐えられなくなったガランが、大きな口を開けて豪快に笑い出した。



「ガハハハハっ! いやいやいや……こんな大喧嘩おおげんかは、ほんに……ほんに、久し振りじゃのう……」



 赤熱した血管の浮き出る褐色の肌から、パチパチと火の粉を舞い散らせて笑うガランの顔は、生傷まみれの"喧嘩けんか”の興奮できとしていた。



「やるではないか……やってくれるではないか、ええ? 赤っこいのや……」



「……」



 あかい戦士は、ただ無言でガランを見やるばかりだった。



「こんなに殴り甲斐がいのある喧嘩けんか相手は、お主が初めてじゃよ……」



「……」



「楽しくなってきたのう……まだまだ、殴り足りんわい……お主も、そうじゃろう……?」



「……」



「ガハハ……」



「……」



 ……。


 ……。


 ……。


 次に地面を先に蹴ったのは、ガランの方だった。



「ふんっ!」



 体重を乗せきったガランの重い拳が、あかい戦士の腹部にたたき込まれる。



「……」



 先の攻防で、それが有効な打撃にならないことは分かりきっていた。相手もそのことは理解しているようで、あかい戦士は防御姿勢も取らずに真っ向から拳を受け、ガランがすきさらすのをうかがっていた。


 重い打撃を出し切り、動作が硬直した瞬間を狙って、あかい戦士がフレイルを振り上げる。



「まだじゃよ……!」



 あかい戦士が分かりきった上でそうしたのと同じく、ガランもこうなることを承知の上で相手の懐に飛び込んでいた。



「ぬんっ!」



 あかい戦士とほとんど密着した状態でガランが全身をむちのようにしならせ、筋肉を反発させた強烈な当て身が放たれる。



「……!」



 全身甲冑かっちゅうの内部を当て身の衝撃が駆け抜け、あかい戦士がたまらずふらりと後退あとずさった。



「おりゃあ!」



 間髪入れずにガランが跳び、空中でひねった身体から打ち出された高速のかかと落としがあかい戦士の後頭部にたたき込まれた。



「……っ」



 バランスを崩したあかい戦士が、今度はぐらりと前方に揺れた。



「まだまだぁ!」



 ガランが自らの腕をフレイルの鎖に巻き付かせ、怪力でそれをぐいと引き、前のめりになっていたあかい戦士を更に引き寄せ、その顔面に向けて頭突きをお見舞いした。赤熱した石頭と兜がかち合った部位に、パチリと火花が飛び散る。



「ヴ……!」



 頭突きに押され、再び後ろにけ反り天を仰ぎ見たあかい戦士の視界に、巨体を飛び越えてきたガランの影が映った。



「どこを見とる!」



 素早く背中を取ったガランが肘鉄を放つと、いよいよ体勢が崩れきったあかい戦士は、反撃のすきを与えられないままズズンと地面を揺らして仰向あおむけに倒れ込んだ。



「ぬ゛ぅぅぅん゛……っ!」



 ガランが強く歯を食い縛る声がして、その直後、ゴォォォっと激しい熱波が空気を押しやる気配があった。


 鬼の形相を浮かべたガランの体内に宿る炎が更に火力を上げ、全身に文様のように浮かび上がっていた赤熱した血管に青い火がともる。それに合わせて女鍛冶師の赤毛もりんとした青色に発色し、角から伸びる火柱も鋭い青炎に変化する。


 その肩には鉄塊が担がれ、更に力の増したガランが超重量を持ち上げたまま信じられない高さにまで跳躍した。



「こ、れ、でぇ……! しまいじゃいっ!!」



 青い炎で熱せられた鉄塊が、仰向あおむけに倒れているあかい戦士の直上に打ち込まれた。


 尋常ならざる衝撃と熱波が周囲を襲い、地面は半球状に大きくえぐれ、高熱にさらされた草原の草花が自然発火してパチパチと焼ける音を立てた。


 ガランの青い炎にさらされた鉄塊は最早もはや形状を保つことさえできず、あかい戦士を下敷きにしたまま高温の溶鉄となってドロドロに溶け流れていった。



「せいぜい、冥府のチンピラどもに威張ってこい……ワシに、全力の火力を出させたことをのう……」



 身体に宿った青い炎を消し鎮めたガランが、溶鉱炉と化したクレーターに一瞥いちべつを送った。


 ……。


 ……。


 ……。



「……ユミーリアの祝福を受けた戦士の中で最強の彼を相手に、まさかここまでやるとは……」



 “火の粉のガラン”の鬼のごとき戦い振りを目の当たりにしたボルキノフが、驚嘆のめ息を漏らしながら言った。



「ほぉ、今のがお主らの最大戦力じゃったか。悪いのう、ゴーダの出番を取ってしもうたのう」



 大喧嘩おおげんかを終えたガランが晴れ晴れとした顔つきでニカッと笑い、左の手のひらに右の拳をパシンパシンと打ち付けながらボルキノフの方を向き直った。



「さて……次に殴り飛ばされたいのはお主か? デコ頭。それとも、そっちの岩っころか?」



「……何を言っているのかね?」



 喧嘩けんか腰のガランににらみ付けられたボルキノフは、しかし、顔色ひとつ変えてはいなかった。



「言っただろう……彼はくれないの騎士――“特務騎馬隊”が誇る、最強の戦士……」



 ……。


 ……。


 ……。



「“最強の戦士”の称号が、“この程度”で、ついえると思っているのかね……?」



 ……。


 ……。


 ……。


 ――バゴッ。



「……何じゃと……?」



 ガランが後ろを振り返ると、そこには溶鉄の底から突き出された1本の腕があった。



「ヴ……」



 伸びた腕が溶鉄をき分け、その中からあかい戦士のうなり声が聞こえた。


 ガランはその光景を前に、自身の頬に汗が伝っていくのを自覚した。


 それは、溶鉄の中に沈めても立ち上がってくるあかい戦士の不死身振りに驚嘆したから“ではなかった”。



「お主……まさか……!」



 ガランが何よりも驚いたのは、溶鉄にかれてあらわとなった、あかい戦士の本当の姿にだった。



「知っておる……ワシは、お主のことを……知っとるぞ……!――」



 溶鉄の高温にさらされ、あかい戦士の全身甲冑かっちゅうはその表層を覆っていた真紅の皮膜を失っていた。そしてその下にのぞくのは、“淡い蒼色”を宿した甲冑かっちゅう本来の姿だった。


 ……。


 ……。


 ……。



「――お主は……あのときの……蒼石鋼あおいしはがねの……!」



「ゆきたまえ。君がかつてたおれたこの東の地で、無念を晴らすがよいよ……君の元主君、アランゲイル殿下もそれをお望みだ――」



 ……。


 ……。


 ……。



「――デミロフ」



 蒼石鋼あおいしはがね甲冑かっちゅうの表層を、真紅の屍血が再び覆った。



「ウヴァァァッ!!!」



 かつて“魔剣のゴーダ”の前にたおれ、銘刀“蒼鬼あおおに”の素材となった超高硬度鋼“蒼石鋼あおいしはがね”をもたらした“明けの国”の騎士。その成れの果て。“真紅のデミロフ”が、復讐ふくしゅう咆哮ほうこうを上げた。

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