21-5 : 喧嘩人の流儀

 一発の衝撃音と供に門外へと吹き飛ばされたくれないの騎士たちが、地面にたたき付けられ伸びている。しかし通常の人間ならば四肢が千切れ飛び、魔族であっても気絶は免れないほどの衝撃を全身に受けながら、立ち上がろうとさえしている真紅の戦士たちの頑強さは侮れなかった。



「ほほぉー、立ちよるか。ベル公たちを抜けてくるだけのことはあるのう」



 ガランが、戦場の緊迫した空気とは相容あいいれない脳天気な声音で感心するように言った。



『グルルル……』



 立て直したくれないの騎士たちが、獲物を威嚇する獣のようにうなり声を上げる。



「まぁまぁ、待て待て赤っこいのら。お主らの売りつけた喧嘩けんかうてやると言っとろう……」



 城塞正門の陰に隠れてガランの姿は見えず、声だけがする。その声に混じって、ゴリッ、ゴリッという何かを引きずる重い音が聞こえてきていた。



「「「ガルルァッ!!!」」」



 堪えきれなくなったくれないの騎士が3体、4つ足で駆け出し再び城塞内部へと飛び込んでいった。



「どっせい!」



 大地を揺らす振動と、腹に響く爆音がとどろいた。城塞内から土煙が巻き上がり、視界を濁らせる。その喧噪けんそうに混じって、何かの潰れる「プチッ」という小さな音があり、それと同時に真紅の屍血が辺りに飛び散った。



「かぁーっ! 待てと言うに! せっかちじゃのう、全く!!」



 土煙の中でガランの短気を起こした声がして、ゴリッ、ゴリッという音が正門の外へ向かって移動していく。


 ゴリッ、ゴリッ……ガツンっ。


 何か、引っ掛かるような音がした。



「……ん? ありゃま! つっかえてしもうた。参ったのう……」



 そして、沈黙があって――。



「……すまん、ベル公、ゴーダ、ちぃっとばかし、正門の間取りを変えるぞい。――ふんぬぅっ!!」



 ドゴオォン!と、とてつもない破砕音が辺り一面にとどろいて、“城塞正門が、崩壊した”。



「ふぃー。これでよしと」



 ゴリッ、ゴリッ……何かを引きずる音を立てながら、新たに巻き上がった濃い土煙の中に、ガランの人影がぼんやりと浮かぶ。



「……ワシの打った武具たちは、どれもかわゆうて仕方のない、自慢の子たちじゃ……」



 ゴリッ……ゴリッ……。



「……親が、我が子を振るって戦う訳には、いくまいて……」



 ゴリッ……ゴリッ……。


 ガランの人影の背後で、何か巨大な影がゆらりと揺れた。



「……じゃから……ワシの得物は、“これ”で、十分じゃ……」



 自ら破壊した正門を抜けたガランが、引きずってきた“それ”をぶんと振り回し、その風圧で土煙を吹き飛ばした。


 “それ”は、ガランの体格の二回りも三回りも巨大な、ただの鉄塊だった。溶けた鉄をそのまま冷やして固め、そこに太い木の柱を打ち込んだだけの、形さえ整えられていない、ただの無骨な、巨大なくろがねだった。



「ワシの名は、ガラン……“火の粉のガラン”」



 女鍛冶師が「どっこいせ」と片腕で鉄塊を担ぎ上げただけで、その得物の無骨な巨体が圧倒的な威圧感を放つ。



「魔族領“宵の国”の、鍛冶師のはみ出しもんじゃ。魔族兵でも何でもないがのう、一丁手合わせ、願おうか……」



 名乗りを上げたガランの顔は、喧嘩けんかっ早いじゃじゃ馬のようにニカッと笑っていた。



『ギシャアッ!』



 2本足で立ち直し、各々に武器を手にしたくれないの騎士が10体同時にガランに飛びかかった。



「ガハハッ、クソ餓鬼だったころを思い出すわい! あの頃は、毎日喧嘩けんかばっかりしとったのう!」



 ――ビキリッ。


 豪快に笑っていたガランがギッと歯を食いしばり、口許くちもとを荒々しくゆがめた。こめかみに太い血管が浮かび上がり、二の腕にボコリと力瘤ちからこぶが盛り上がる。剥き出しの脚にもしなやかな筋肉の形がはっきりと浮き出て、羽織からのぞき見える背筋が蠕動ぜんどうした。


 全身の筋肉で力の限り踏ん張りを効かせ、鉄塊を振り下ろすその顔は――正に、“鬼”の形相であった。



「――そいやあぁぁっ!!!」



 小細工も技術も何もなく、ただ純粋に、力任せにたたき付けられた鉄塊の大地を揺さぶる振動が、“イヅの大平原”の中心で封殺されているベルクトたちの足下にも伝わった。


 ……。


 ……。


 ……。



「……どっこらしょ、っと」



 “イヅの城塞”の崩壊した正門の前に、小さなクレーターのようなくぼみができていた。その中央部のえぐれた地面には、何か赤い金属の薄板のようなものがべったりと張り付いていたが、それが10体分のくれないの騎士だったことを示す原形は、全く残っていなかった。



生憎あいにくとワシはのう、喧嘩けんかで力加減ができるほど、器用ではない。ぺちゃんこになりとうなかったら、尻尾を巻いてとっとと帰れ」



 再び肩に鉄塊を担ぎ直したガランが、ニカッと笑った。


 くれないの騎士の伏兵は、残り80数体。言葉を口にせず、個体としての意思を持たず、命令に忠実で獰猛どうもうな戦士たちが、その程度のことで引き下がるはずもなく――。



『『『ギャギャギャッ!』』』



 ――残るくれないの騎士たちが、ガランの眼前に一斉に襲いかかった。



「ほー! こりゃ、とんだ猪武者どもじゃ! ガハハッ、その粋やよし!」



 迫りくるくれないの騎士の集団に、ガランが鉄塊を豪快に振り上げる。



「――ふんぬぅあぁぁ!!」



 全身の筋肉を絞り上げ、再び鬼の形相となったガランが振り下ろした鉄塊の一撃に、20体以上のくれないの騎士が巻き込まれ、原形を失い圧壊された。


 その破壊力は、何かの悪い冗談のように、あらゆる物を粉砕する。


 しかし、目を疑う威力と引き替えに、その鈍重さと小回りの効かなさは、如何いかんともしがたいものだった。


 ガシッ、ガシッ、ガシッ。


 鉄塊を振り下ろして動きの止まったガランの手足を、くれないの騎士たちがガシリとつかんだ。



「むっ、何をする、離さんか!」



 それを鬱陶しがったガランが、抑え込まれた四肢に力を込めて、まとわり付くくれないの騎士ごと鉄塊を振り上げようとする。


 ガシガシガシッ……ガシガシガシガシガシッ。


 60体となったくれないの騎士たちが、その上に次から次へと折り重なっていく。“イヅの騎兵”を4体で完全に封殺できるほどの力を持つ真紅の戦士たちに山のようにのしかかられては、さすがのガランもどうしようもできなかった。



「何じゃ何じゃ?! うがぁー! 暑苦しいっ! 離れい! 離れいと言うに!!」



 くれないの騎士が山のように積み重なったその中で、ガランのうめき声が聞こえた。



「ちょ、どこを触っとるんじゃ、たわけ! むぐぅ! 口を塞ぐな! 息ができんじゃろがい! むぐむぅ……!」



 硬く組み合ったくれないの騎士たちが、互いを引き寄せ合って中心に閉じ込めているガランを圧迫していく。甲冑かっちゅうきしみ合うギシギシという音が、どれほどの圧力でガランを締め上げているのかを物語っていた。



「ぐっ……く、苦しい……! やめい……やめんか、この……!」



 ……。


 ……。


 ……。



「……………」



 やがて、ガランのわめき声が消えた。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……パチリ。


 ガランにまとわり付いたくれないの騎士たちの視界に、その小さな光が映ったのは、そんなときだった。


 ……パチリ……パチリ。


 その小さな光の粒は、ふっと空中を舞ったかと思った次の瞬間には、幻のように消えていた。


 何かのはじけるかすかな音と供に、赤い光の粒が、ゆらゆらと立ち上っては、消えていく。



「……こぉぉぉー……」



 深く息を吸い込む音が中心から聞こえ、それがガランのまだ生きていることを示していた。


 くれないの騎士たちはその呼吸音を聞くや、更に拘束を強めようと互いの身体をギシギシと引き寄せ合う。


 ギシ……ギシ……バキ……バキ……。


 やがて、拘束が強まる余り、中心付近のくれないの騎士の甲冑かっちゅうが押し潰れていく音が聞こえ始める。


 ベキリ……ボキボキ……。


 仲間を押し潰しながら、くれないの騎士の山はなおも圧縮を続け、その人垣の外観が少しずつ小さくなり始めさえする。


 しかし――。



「……こぉぉぉー……」



 しかし、その中で締め付けられていくガランの呼吸音と、パチパチとぜる音を立てながら宙を舞う光の粉が絶えることは、決してなかった。


 そして、折り重なったくれないの騎士たちの足下に、ボロリと炭化した甲冑かっちゅうの一部が転がる頃には、雌雄は決していた。



「……そんなに暑苦しいのが好きなら……幾らでも……燃やしてやるわい……」



 パチリ。と、ガランの声と供に、一際大きな火の粉がふわりと舞った。


 その瞬間、くれないの騎士たちの折り重なった人垣が、ボッと真っ赤な炎に包まれた。


 中心部の高熱にさらされたくれないの騎士が炭化していき、ボロリボロリと甲冑かっちゅうが崩れ、騎士の山が小さくなっていく。外周にまとわり付いていたものたちは、炭化まではしなくともその身を燃やされ、力尽きてくずおれていった。



「全く……せっかく飲んだ良い酒が、全部燃料になってしもうたわい……勿体もったいないことをさせてくれるのう、赤っこいのら……」



 最後の1体となったくれないの騎士の頭部を鷲掴わしづかみにして宙吊りにしながら、不機嫌そうにつぶやくガランの姿がそこにはあった。



「……ん? いや、赤っこいのではないな……これでは黒すけじゃ、ガハハ」



 そう言って鷲掴わしづかみにした拳に力を込めると、黒く炭化したくれないの騎士だったものがボロリと崩れ、その足下で炭の山と成り果てた。


 ガランの褐色の肌には、至る所に赤熱した血管の光が浮き出ていた。元々赤毛の髪の毛は更にまぶしい赤に燃え、周囲では熱せられた空気が陽炎かげろうのように景色をゆがめていた。


 そして額にちょこんと生えた小さな2本の角からは、メラメラと燃える2本の立派な火柱が立っていた。



「悔やむなら……ワシが“火の粉”の二つ名を頂く訳をもちぃっと真面目に考えなかったことと、この程度の火力で崩れるしつの悪い装備を悔やめ、半人前どもめ……」



 その身に炎を宿した“鬼”が、手向けの言葉をつぶやいた。



「さあって……殴り込んできたたわけ共は片付けたことじゃし、ベル公の加勢にでも行くかの……よいこらせ」



 鉄塊を担ぎ上げ、のしのしと“イヅの騎兵隊”が足止めを喰らっている平原中央に向けてガランが歩き出したとき、女鍛冶師の目に新たな人影が映り込んだ。



「……んん? あんな岩っころ、さっきまではおらんかったと思うたが……?」



 首をかしげるガランの視線の先、“イヅの大平原”中心部に、いつの間にか巨大な石棺が鎮座していた。

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