21-4 : “特務騎馬隊”

「ギャギャ」



 手元に、ひどく重い手応えがあった。



「グルルル……」



 居合い斬りを振り切ったときの感触とは、明らかに異なる、何かに引っ掛かるような不快な手応えだった。



「アギギィ」



 105名の“イヅの騎兵隊”は、そして全ての同志たちが同じ手応えを味わっていることを知った。



「……やってくれる……!」



 忌々しげにそうつぶやいたベルクトの目には、“105刃の不可視の疾走剣全てを止めた”くれないの騎士たちが、兜の向こうでニヤリと薄気味悪く笑っているように見えた。


 身体の半分以上にまで刀が喰い込み、両断される寸前で全身を硬直させて刃を無理矢理止めた者……兜が突然ぐにゃりと変形して、大きく開かれた顎で刀をくわえ止めた者……中には、白羽取りで見えない斬撃を完璧に捉えた者までいた。


 そうして4万の人間の屍血を濃縮して錬成された、格段に戦闘能力を高められたくれないの騎士たちは、“イヅの騎兵隊”の俊足を一斉に止める機をうかがっていたのである。


 ガシッ。と、必殺の一撃を受けきられ一瞬の動揺を見せた漆黒の騎士たちが我を取り戻すより先に、くれないの騎士たちが一斉に騎兵たちの腕をつかんだ。


 そして400体のくれないの騎士たちは、“イヅの騎兵”1名に対して4体がかりでその四肢を押さえつけ、“それ以上何もしなかった”。


 それはつまり、押さえつけられた“イヅの騎兵隊”も、それ以上何もできないということだった。



「くっ……!」



 ――。


 ――。


 ――。



「絶対に殺してはいけないよ……なるべく傷つけたくもない……彼らは貴重な“試料”だからね……」



 戦場の後方、ユミーリアの石棺の傍らに立ち戦況を見守っていたボルキノフが、満足そうに言った。



「さて……どういうわけか知らないが、どうやら東の四大主は不在らしい。彼と対峙たいじする前に、厄介な“イヅの騎兵隊”を抑えられるとは……ははは……実についている……」



 大げさな動作で動き回りながら、ボルキノフが石棺をで回す。



「これも、お前がいてくれるからだろうね、ユミーリア……天使の御加護が、真紅の戦士たちを導いてくれているのだ……」



 ――《『まぁ、お父様ったら、お上手なんですから。ふふっ』》



「勘違いしないでおくれ、ユミーリア。私はうそ大袈裟おおげさなことも言っていない。ただ事実を言っているのだよ?」



 ――《『ああ、お父様……そのように厚く御信頼を置いていただいて、ユミーリアはとてもうれしいです』》



「まだまだ、これからだよ、ユミーリア。さあ、次はこちらの番といこうじゃないか……」



 独り言をぶつぶつとつぶやき続けていたボルキノフが手を前方にかざし、指揮官のように孤独に命じる。



「あちらの戦力は封殺した……次は敵方の拠点を占拠しよう……」



 ボルキノフが腕を振り下ろすと、大地を赤くらしていた血溜まりがずるりと動いたように見えた。


 ――。


 ――。


 ――。



「ベルクト様!」



 くれないの騎士たちに押さえ込まれ身動きがとれない状況下で、たかの目の騎士がベルクトを呼ぶ声が聞こえた。



「直下、何か来ます!」



「何……まさか……!」



 状況を確認するため首を動かそうとしたが、四肢にまとわり付いて離れようとしないくれないの騎士たちに押さえ込まれ、ベルクトはそんな簡単な動作さえまともに取ることができなかった。


 ずるり。と、足下に不気味な気配を感じたのは、そのときだった。


 足下の平原が、さぁっと真っ赤に染まり上がった。それは人間の屍血が大地に染み込み、意思を持ってその下を流れていく光景だった。


 そしてベルクトが足下をじっと凝視する中、やがてそこを流れる屍血は消え、元の草原の緑が戻る。


 そのことはつまり、“それ”がベルクトたち“イヅの騎兵隊”の防衛戦を突破したあかしだった。



「何たる……何たること……!」



 身動きの取れないベルクトは全てを察して、屈辱の余り兜の奥でギシリと歯噛みした。



「……抜かった……っ!」



 ……。


 ……。


 ……。



『『『オオォォ……!!!』』』



 不定型の錬成状態にとどめられていた100体分の伏兵が、“イヅの騎兵隊”のまもりを易々と突破し、漆黒の騎士たちが見守る先でくれないの騎士の形を成していく。


 阻む者のいない“イヅの大平原”を100体のくれないの騎士が4足姿勢で獣のように駆け抜け、開け放たれたままの“イヅの城塞”正門へと雪崩なだれ込んでいった。



「……ゴーダ様……っ。申し訳、ありません……っ」



 余りの悔しさに声を震わせ、ベルクトが無念の声を漏らした。


 ……。


 ……。


 ……。


 ドーンッ。と、たとえようのない猛烈な衝撃音と供に、城塞内へと雪崩なだれ込んだはずくれないの騎士たちが正門の外へと吹き飛ばされたのは、そのときだった。


 ……。


 ……。


 ……。



「ふぅー……やぁれやれ……」



 ……。


 ……。


 ……。



「そんなとこで何をやっとんじゃ……ベル公や……」



 ……。


 ……。


 ……。



「ワシの専門は鍛冶師じゃぞ。城塞の守り方など、知らんわい……」



 ……。


 ……。


 ……。



「じゃが……」



 ……。


 ……。


 ……。



「……売られた喧嘩けんかなら、うてやろう……のう、赤っこいの……」



 ……。


 ……。


 ……。


 ――第2次東方戦役……女鍛冶師“火の粉のガラン”、参戦。

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