21-3 : “イヅの騎兵隊”

 歯車が重い音を立てて鎖を巻き上げ、“イヅの城塞”の門扉がゆっくりと開かれていく。外界へと開け放たれていく門から差し込む陽光を浴びて、漆黒の甲冑かっちゅうまとった105名の“イヅの騎兵隊”は、ただじっと口を噤んで隊列を成していた。



「……言うまでもないが……」



 隊列の先頭に立って口を開いたのは、漆黒の騎士ベルクトである。



「ゴーダ様が我らにこの城塞を預けて北へおちになられた、その御信頼に報いるは今このとき以外にありません」



『……』



 騎兵隊の沈黙が、ベルクトの声にどんな言葉よりも強い肯定を返す。



「“宵の国”の地を侵す者へ鉄槌てっついを……“淵王えんおう”陛下の盾と剣たる、まもりの要の完遂を……そして我らが主の、帰るべき場所のため……」



 そしてさやから抜いた刀を頭上に掲げ、ベルクトがそのときを告げる。



「全騎、我に続け――出撃」



『オォー!』



 寡黙な騎士たちが一斉に勇ましい声を上げ、ボッという小さな音と供に105対の眼に紫炎が宿った。



「重装騎馬隊、前へ」



 黒塗りの重装鎧で全身を包んだ34騎の騎馬たちが太く低い声でいなないて、先陣を切って走り出す。通常の騎馬よりも鈍重であるが、その並外れた脚力と鉄壁の重装によって何者にも止めることのできないひづめが大地を揺らしていった。



「疾走歩兵隊、続け」



 ベルクトを含めた残る71名の騎馬を持たぬ漆黒の騎士たちが、全身甲冑かっちゅうをギシリときしませて、姿勢を低くし疾走の体勢を取る。


 ビュンッ、と風が渦を巻く音がしたかと思った途端、城塞正門から疾走歩兵隊の姿は消えていた。紫炎の眼光の残像を空中に引き、目にも止まらぬ速度で疾走した歩兵たちはあっという間に先発していた重装騎馬隊に追いつき、そこまで来て両者は互いの速度を合わせて併走を始め、見る見るうちに105騎から成る陣形を形作っていった。


 対するくれないの騎士たち“特務騎馬隊”の構成も、“イヅの騎兵隊”と似通ったものだった。400体の真紅の戦士の内、100体が真紅の騎馬にまたがり先頭を駆け抜ける。その騎馬たちは馬上の騎手と同様に、銀の騎士たちと供に散った馬の屍血から錬成された存在だった。


 真紅の騎馬たちの後ろを、残る300体のくれないの騎士たちが追いかける。人を成していたものから作り出された人ならざる存在たちは、“イヅの騎兵隊”の疾走には劣るものの、人間の騎士をはるかに凌駕りょうがする脚力で騎馬とつかず離れずの位置にしっかりと張り付いていた。


 その光景の最も異様な点は、真紅の騎馬たちの後ろを走るくれないの騎士たちが、2本の脚と2本の腕のすべてを使い、まるで獣のように4つ足の姿勢で戦場を駆けていることだった。



「……ただの人間ではないようですね……全騎、気を引き締めてかかれ」



 “イヅの大平原”を真っぐに疾走するベルクトが、硬い口調で言った。



『御意』



 広大な“イヅの大平原”の中心で、両者が互いの姿を目視できる距離にまで接近する。



「包囲陣から一気に畳みかけます。まずは重装騎馬隊の突入口を開く……切り込み隊、前面へ」



『承知』



 “イヅの騎兵隊”の陣形が疾走の中で流れるように形を変え、重装騎馬隊の前にベルクトを先頭とした10名の疾走歩兵隊が出る。



「抜刀、構え」



 最前列に横一列に展開した切り込み隊が、さやに収めた刀に手を添える。


 それ以上の合図は不要だった。漆黒の騎士たちは互いが互いの呼吸に合わせ、まるでひとつの意思で動いているように振る舞う術にけている。その高度な連携戦法が、わずか105名の“イヅの騎兵隊”をして“宵の国最強”とうたわれる理由のひとつだった。


 ベルクトの眼光が一際強く紫炎を燃えたぎらせた次の瞬間、掛け声も目配せも何もなく、最前列の切り込み隊が一斉に全力の疾走を解き放ち、姿を消した。



『――“疾走抜刀技:牙蛟きばみずち”』



 疾走の勢いを乗せた不可視の抜刀剣技が全くの同時に放たれ、次に切り込み隊が姿を現したのは、敵陣の真ん真ん中であった。


 ベルクトたちの背後で、陣形の崩れた“特務騎馬隊”の先頭に重装騎馬隊が雪崩なだれ込む衝突音があった。その気配を確認した切り込み隊は、敵陣を内部から攪乱かくらんさせるためにそのまま近接戦へと移行する。


 唐突に現れた真紅の敵への初撃は、おおむねベルクトの思い描いた通りの結果をもたらした。



「……」



 ただ、頭の片隅に引っ掛かる、不穏な気配を除いて。



「……負傷者数は」



 敵陣の真っ只中ただなかで刀を振るいながら、ベルクトが背中を預ける騎兵の1人に問うた。



「3名ほど。戦闘継続に支障はありません」



「該当者は敵陣が立て直す前に陣外へ下がり、包囲陣に合流。手負いになってまでこちらに付き合う必要はありません」



「承知」



 数人の騎兵が敵陣の只中ただなかから疾走・離脱する気配があって、攪乱かくらん戦闘に残ったのはベルクトを含め7名となる。


 ベルクトが地面にちらと目をやると、そこには不可視の疾走中にくれないの騎士の斬り返しによって軽傷を負った“イヅの騎兵”の紫色の血痕があった。



「……やはり、侮れませんね」



 何体目かのくれないの騎士を斬り伏せながら、ベルクトがぽつりと独りごちた。



「ベルクト様!」



 それからほどなくして、敵陣を重機のように切り分けて重装騎馬隊がベルクトたち切り込み隊の前に姿を現した。



「このまま一気に駆け抜けます、お乗り下さい!」



「了解しました。切り込み隊全騎、重装騎馬隊に合流。敵陣後方へ抜ける」



『はっ』



 重装騎馬隊は全く速度を落とすことなく切り込み隊の真横を駆け抜け、ベルクトたちは俊足の脚力でもって跳躍し、間近を通った騎馬の上へと飛び乗った。それを合図に重装鎧をまとった騎馬が敵を威嚇するようにいなないて、その剛脚がくれないの騎士たちを踏み砕きながら一息に敵陣の中をき分けていった。



「敵陣、間もなく抜けます」



 ベルクトが飛び乗った重装騎馬の手綱を握る騎兵が言った。



「見くびれない手合いです。敵陣を抜けると同時に仕掛ける」



「承知しました」



 そしてその会話が終わるか終わらないかというところで、重装騎馬が敵陣最後尾のくれないの騎士を押し飛ばした気配があった。


 再び言葉も合図もいらぬ連携戦術が“イヅの騎兵隊”をまとめ上げ、重装騎馬隊と随伴していた切り込み隊とが一斉に騎馬の上から跳躍する。


 高く跳び上がった漆黒の騎士たちは空中で納刀し、体勢を整え、着地するよりはるかに先に抜刀の動作に入っていた。


 “特務騎馬隊”の前方側を包囲していた疾走歩兵隊も、ベルクトたちに合わせて抜刀動作を既に取っている。


 そしてベルクトが地面に着地する刹那、紫炎の眼光がぎらりと光り――。



『――“跳躍抜刀陣:龍爪りゅうづめ”』



 一切の動作はおろか、呼吸も心拍も全てが同期した105名の“イヅの騎兵隊”が、必殺の集団剣術を放った。


 ……。


 ……。


 ……。



「何という一糸の乱れもない集団戦だろうね……ははは……なるほど、すばらしい……」



 ……。


 ……。


 ……。



「……手間が、省けるよ……」



 ……。


 ……。


 ……。

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