21-2 : 災禍の呼び水

 ――東の四大主不在の“イヅの城塞”、見張りの尖塔せんとう



「赤毛の獣が23、恐らくヒイロカジナかと」



 尖塔せんとうの先端部、最も目線の高くなる足場の上から、“イヅの騎兵隊”の1人、たかの目の騎士が感情を込めずに報告する。



「加えて、赤い甲冑かっちゅうの騎士が20。見ない顔です」



 “イヅの大平原”の彼方かなた、人間領“明けの国”の方角から新たに現れた集団。ずば抜けた視力を持つたかの目の騎士以外にその姿を捉えることができる者はおらず、足場の下に構えるベルクトはじっと報告に耳を傾けていた。



「……20? 5万弱の兵力を投入しておきながら、今更何を考えて……?」



 “イヅの騎兵隊”105名と、“火の粉のガラン”、そして“魔剣のゴーダ”。わずか107名の“イヅの城塞”に先日攻め入った“明けの国騎士団”の兵力は、第1陣8千人、第2陣4万人であった。そしてそのことごとくが、“イヅの騎兵隊”の陣形と、暗黒騎士の“魔剣”の前に散っていった。


 全滅を通り越して全兵力殲滅という、“明けの国”にとって極めて甚大な損失を出した東方戦役の戦場に今更のように現れた、50にも満たない獣と赤い騎士たちの部隊に、ベルクトも思わず首をかしげた。



「“明けの国”側の使者、と捉えるべきでしょうか」



 観測を続けるたかの目の騎士にというよりは、自分自身に向けて、ベルクトが考えを巡らせながらつぶやいた。



「……確かに、戦闘用ので立ちをしていない者が1人おります。恐らく……文官の類いかと。ヒイロカジナの群れが何か大きな石棺のようなものをいてきたようですが、詳細は不明。この距離からではあちらの意図までは分かりかねます」



「……」



 それからしばらくの間、思慮を巡らす沈黙が続いた。



「ベルクト様、御指示を」



 ……。


 ……。


 ……。



「……。全騎、警戒・監視体制を維持。あちらに動きがあるまでは静観といきましょう。観測を続けてください」



「御意に」



 見張り台に登っているたかの目の騎士に指示を出し終えると、ベルクトはくるりときびすを返し、数名の騎士たちを引き連れて“騎兵隊”本隊の構える城塞階下へと下っていった。


 ……。


 ……。


 ……。



「……む?」



 見張りの尖塔せんとうに1人残ったたかの目の騎士が、我が目を疑って思わず怪訝けげんな声を漏らした。



「何だ……?」



 見張り台から身を乗り出したたかの目の騎士が、額の上に手をかざして陽光を遮り、桁外れの視力を集中させて更に仔細しさい彼方かなたの状況を観測する。


 そのたかの目には、“イヅの大平原”の果てで赤い甲冑かっちゅうの騎士たちが、一斉に抜いた剣を地面に突き立て、その場に両膝を突いて座り込む奇妙な光景が映り込んでいた。



 ***



 ――“イヅの大平原”、“明けの国”国境線側。


 そこは、戦場と呼ぶには余りに静かすぎ、また墓場と呼ぶには余りにも混沌こんとんとしていた。


 東の四大主“魔剣のゴーダ”の力の片鱗へんりんが、緑生い茂る大平原の一角を死屍しし累々の赤い土地に豹変ひょうへんさせていた。


 空間そのものを両断した“魔剣”に巻き込まれ、そこにはたった一撃でほふられた“明けの国騎士団”4万のむくろが辺り一面を覆い尽くしている。無数の屍血が煙となって立ち上り、空気までも赤く染めていくようだった。


 ユミーリアの石棺をいてきたヒイロカジナたちがその立ちこめる死臭を嫌って、うなり声を上げながら散り散りになっていく。



「ははは……御覧、ユミーリア……死体の山で国境線が浮かび上がっているよ、はははは……」



 獣たちがざわついているのをよそに、“忘名の愚者ボルキノフ”が渇いた笑い声を漏らした。



「かの東の四大主、魔族の血と人間の魂を持つ存在の力……ああ、“石の種”以上に、興味深い……」



 そして、腐臭の混じり始めているよどんだ空気を胸一杯に吸い込んで、ボルキノフが口許くちもとを狂おしくゆがめ笑った。



「いや……全てを手に入れるのだ……“石の種”も、ゴーダの宿す神秘も、全て……」



 ……。


 ……。


 ……。



「――そうだろう? ユミーリア……」



 ……。


 ……。


 ……。



 ――《『……はい、お父様……』》



 ……。


 ……。


 ……。


 ユミーリアの石棺に併走してここまでやってきたくれないの騎士たちが、4万のむくろを前に一斉に剣を抜き、その切っ先を地面に突き立て、自らも両膝を大地に突いた。



「さあ……」



 ボルキノフが天の啓示を授かるように、広げた両腕を空に向けて高らかに掲げ上げる。それを合図とするように、くれないの騎士たちが地面に突き立てた抜き身の剣の真横にこうべを垂れる。



「始めよう……」



 真紅の甲冑かっちゅうまとった物言わぬ騎士たちが、照りつける陽光を冷たく反射する刃に、自らの首元をそっと当てがった。


 ……ズルッ。


 鋭い刃が食い込み、くれないの騎士たちの首元から真っ赤な血が流れ落ちる。騎士たちは血糊ちのりで首を滑らせながら、苦悶くもんの声ひとつ漏らさず、ゆっくりと剣に体重を掛けていく。


 ……ズルッ。


 剣先を伝い流れる真紅の血が大地に染み込み、そこにあふれる4万の屍血の中へと溶け込んでいく。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……ボトリ。と、くれないの騎士たちが自らの首を切り落とした鈍い音が一斉に聞こえた。それから一拍の間を置いて、首を失った身体が大地にたおれるガシャリという音が重なった。


 その切断面から、真紅の災禍が止めどなく流れ出ていく。



「始めよう……“明けの国”の未来のためでも、“宵の国”への禍根のためでもない……私と娘の、理想のために……」



 くれないの騎士たちの流した血が呼び水となって、人間の無念が、怨嗟えんさが、怨念が、呪いが、鎌首をもたげる。



「グルル……」



「「ギギィィ……」」



「「「ギャギャ……」」」



『『『『『オオォォ……』』』』



「――さて、まずは……その邪魔な城塞には、落ちてもらうよ……」



 銀の騎士たち4万の屍血を束ね、400体のくれないの騎士が、国境線を囲うように折り重なったむくろの山を、踏み越えていく。

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