第2次東方戦役(前編)
21-1 : 鍛冶師と黒騎士
赤熱した炭の熱波が空気を揺らし、巨大な炉に開けられた通気穴から激しい気流の渦巻くゴォーという音がする。
炎が渦巻く炉には、腕よりも太い鎖と人の背丈ほどの大きさの滑車で
――“宵の国”東方国境線。“イヅの城塞”内、工房。
「……ンがーっ……」
工房内に無造作に置かれた長椅子の上に寝転んで、大きないびきを
「……ンごーっ……」
長椅子の上でだらしなく大の字になっているその魔族は、健康的な褐色をした肌の露出が異様に多かった。上半身は胸元にさらしを巻き、その上から袖がなく裾の短い羽織を羽織っているだけだった。下半身は下着の上に短い腰巻きを巻き付けている以外には、何も
しなやかな
炎のように赤い髪の毛はばっさりと適当に切られていて、それが飾り気のない結い
男たちが思い描く、恥じらいのある女性らしさなど
「ガラン殿」
「……ンがーっ……んん……」
ガランの名を呼ぶ声があったが、爆睡している女鍛冶師はそれに全く気づかない。
「ガラン殿」
再び声がしたが、ガランはムニャムニャと口を動かすだけで起きる気配を見せなかった。
「……グごーッ……んん、ゴーダや、何をやっとる……それはワシのぱんつじゃぞ……ぐゥー……」
「!」
カチン、カチン。と、金属の
「ガラン殿の夢の中で、ゴーダ様の身に一体何が……?」
ガランの寝言に対して、ベルクトが真剣そのものの声で
ガランの夢の中のゴーダを案ずるばかりに、ベルクトの顔をすっぽりと覆い隠している兜の奥で紫炎の眼光がゆらりと揺れた。
「……へ、へ……へぶしっ!」
そしてそれに促されるように、大きなくしゃみをしたガランが目を覚まして、長椅子の上にむくりと身体を起こした。
「……何じゃ……? 何やら殺気が……?」
やがて、寝ぼけ
「おお、ベル公、おったんか! 起こしてくれればいいものを」
「何度もお呼びしましたが……いえ、ゴーダ様が大事になられる前に起きていただけたのなら、問題はありません」
「ん?……よぉ分からんが、まぁえっかの。うーん、よく寝たわい」
淡々とした口調で話すベルクトに首を
「ガラン殿、戦闘態勢は解除されていますが、城塞にはまだ警戒態勢が発令中です。ゴーダ様も不在のこの状況下で眠っている場合では……」
ベルクトがやんわりと、ガランの態度に苦言を呈す。
「ぶぅー……ベル公がいじめよる……ちょっとぐらい眠りこけてもいいではないか!」
頬を膨らませ口を
「お言葉ですがガラン殿、人間ではないのですから、そのように頻繁に眠られる必要もないと思われますが」
人間より
事実、ベルクトを筆頭に置く105名の“イヅの騎兵隊”は、人間たちの侵攻が始まって以来、全く眠っていなかった。
「……ま、いろいろあるんじゃよ」
そう言うガランの顔は、いつの間にか真剣な顔つきになっていた。ふと女鍛冶師が横に目をやると、その先には巨大な炉の
「ベル公や、お主には分からんかもしれんがの、ワシにとっての鍛冶仕事とは、子を産み育てるのと同じことなんじゃ」
作業台の上に寝かされている、打ち終えたばかりの刀の刀身を
「一言で“鉄”と言ってもの、それはひとつじゃないんじゃ。鉄鉱石の産地やら混ざりもんやら炭の火加減やらで、鉄は表情をコロコロと変えおる。じゃからの、同じように作っても、全く同じ物は絶対に生まれないんじゃ。ワシはそれが、
「……」
「特に、刀じゃな。打ち鍛える一投一投、焼きを入れてやる瞬間、刃を研ぎ上げる長い長い時間……全ての工程で、“この子ら”は自分たちのことをワシに教えてくれるんじゃよ。“もう少し強めに鍛えてくれ”だの、“焼きが入り過ぎたぞ”だの、“
「ガラン殿……」
「何、ちぃっとばかし他の魔族の連中よりもよく眠るかもしれんがな、それだけのことじゃよ。お主ら“騎兵隊”は
そう話すガランの顔は、終始穏やかに笑っていた。それは腹を痛めて産んだ
「……申し訳ありませんでした、ガラン殿……そのような事情があったとは知らず……」
ベルクトが、兜を
「いや、いいんじゃいいんじゃ。ワシが好きでやっとることじゃからな。お主とこういう話をすることはこれまでなかったからのう、いい機会じゃったわい」
長椅子の上にあぐらを
「どれ、ワシも後で上に顔を出すとするわい。要はそれを言いに来たんじゃろ、ベル公や」
「はい、ゆっくりお休みになられてからで構いませんので、ゴーダ様不在の間の城塞の指揮運用について、皆を
「相分かった」
「では、失礼いたします」
そう言ってベルクトはぺこりと律儀に頭を下げて、静かに扉を閉めて工房から出て行った。
……。
……。
……。
「……ふぃー……危ない危ない。
工房に1人になったガランが、ふぅと額に浮いた汗を腕で拭いながら右手に握っていた
「うーむ、しかし、待てよ。ベル公は『ゆっくり休んでからでいい』と言っとったな。ウシシ、ならばもうちょい飲んでからにしよっかの……」
そう言って再び手にした
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