19-6 : “人間”
「……許さん……っ」
先刻まで魔族の生活の営みがあった集落の跡地。そこに
「……許さん……許さん……!」
強く
魔族の屈強な腕力で
住居から剥ぎ取った木材で
話す言葉の端々には多少の聞き慣れない
大きな鍋に水を張り、それを火にかけ湯を沸かし、干した肉と葉野菜を口にしているその姿も、よく見慣れた自分たちの日々の営みそのままだった。
つまるところ、魔族の青年が目にしている“人間”というものの有り
ゆえに、その様にこそ、魔族の青年は“恐怖”した。自分たちの営みを破壊し、手に掛け、その上で
“人間”と呼ばれるあの集団は、“思考”の末に“判断”し、自らの“意思”でこれをやったのだ。魔族の青年の生まれ育ったその地を
「……っ」
魔族の青年の喉はとうに渇き切り、苦い唾を飲み込むとそれが体内の至る所に引っかかる感覚があった。
赤い色をした血が流れていると伝え聞いてこそいたが、銀の
今まさに目の前で地面を
「よくも……よくも……っ!」
“明けの国騎士団”の襲撃にいち早く気付き、集落の住人数人を辛うじて脱出させることに成功した、自警団に
そして、言葉にならない激情をわずかな単語の断片に乗せてぶつぶつと
「……――……――」
それは、呪文――世界に満ちる“魔力”という概念を束ね、使役する言葉――魔法の詠唱だった。
魔族の青年が紡ぎ出す魔力の乗った言葉に呼応して、周囲の地面から黒い砂の粒が舞い上がり、渦を巻き、波を打ち始める。砂の一粒一粒が規則的に舞い上がり、自重で落下し、再び舞い上がる。
そうして砂粒の集合体は1つの意思を持った存在のように空中に集合し、粗密を描き、秩序だった形状を成していった。
雷撃系統から派生した、磁力を操る術式が砂鉄を押し固め、やがて魔族の青年の周囲に針のように
「――殺してやる……っ」
魔族の青年の見やる先、人間たちの
「殺してやる……殺して……!」
そして魔族の青年が、砂鉄の刃を放たんと、上げた手を振り下ろそうとしたそのとき――。
ピチャリ、ピチャリ。と、水の滴る音が聞こえた。
その音にびくりと思わず背筋を伸ばして、魔族の青年が周囲に警戒の目を向ける。磁力の術式によって空中に形成された砂鉄の刃が、青年のその目の動きに合わせて、刃先を羅針盤のようにくるくると回転させた。
ピチャリ、ピチャリ。先ほどと同じ水の滴る音が、再び聞こえる。その単調で規則的な音は木々の間で散り散りになり、どの方角のどれほどの距離から聞こえてきているものなのか、判然としなかった。
ピチャリ、ピチャリ。
……。
……。
……。
ピチャリ、ピチャリ。
……。
……。
……。
――ジュルッ。
「っ!」
その水を
……。
……。
……。
――ビチャッ。ジュルッ。ズゾゾッ。
魔族の青年が、じりじりと砂地の上に足を滑らせ、音のする方へゆっくりとにじり寄っていく。その間にも、あの不気味な水を
――ズルッ。ジュルッ。
身体中の水分が汗に変わって噴き出して、砂漠に放り出されでもしたかのように、カラカラに乾いていくようだった。
――ジュルルッ。
音の正体に近づいていくにつれ、魔族の青年の脳裏にはある1つの予感のようなものが激しく渦を巻いていた。
――ピチャピチャ。
そんな
足をにじり寄せるたび、粘つく唾液を飲み込むたび、
そして、身の毛のよだつ自らの想像に思考を奪われ、周囲に形成した砂鉄の刃の存在も忘れて、
「……ああ……あ゛あ゛ぁ゛……」
……。
……。
……。
「……グルルル……」
「……アギィィ……」
魔族の同胞の血を
獣のように四つん
首筋の血管がざっくりと切り裂かれ、そこから
既に鼓動を止めて久しい心臓は剣で串刺しにされ、その剣先は噴き出した返り血で紫色に染まっていた。
それでも
それが、あの不気味な水を
「……きさまらあぁぁあぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛っ!!」
怒り狂った魔族の青年が声を震わせ、砂鉄の刃を撃ちだそうとした刹那、ガサリと
……。
……。
……。
「おーぉー……
魔族の青年の叫び声と、
ガサリガサリと揺れる
「さぁて……まだ夜は浅いぜぇ……食事を終えたら、次の“狩り場”を探しに行こうかぁ……ひははっ……ひはははっ……」
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