19-5 : 共食い
「――でぇ? これからどぉしますかねぇ? 殿下ぁ?」
傾きかけた太陽の光を背に受けて、遠眼鏡を
男は肩に大弓の弦を回し、腰の後ろに太矢を詰めた矢筒を提げている。背中には大振りの斧槍が担がれ、腰の横から
宵の国南方の
「“どうする”とは、どういう意味だ?」
ニールヴェルトの背後から、アランゲイルの声が尋ねた。“宵の国”南方国境線に広がる“
その王子の周囲には、同じく“
「いえねぇ、ここから見るにぃ、ありゃぁどう見てもただの集落ですからねぇ……。それにぃ、俺たちの進路の邪魔にもなってませんしぃ。むしろ
遠眼鏡を下ろしたニールヴェルトが、肩越しに振り返り、好奇の混じった目で、アランゲイルの顔を試すように
「ふん……何を言うかと思えば、そんなことか……」
ニールヴェルトの視線には常軌を逸した何かの気配が
「
アランゲイルが手を前に掲げ、そして
「……殺せ。“敵兵”であるかどうかという以前に、魔族は皆、我らの“敵”だ。捕虜とする必要もない。索敵と
総隊長の傾いた顔がにんまりと
その異様な気配に当てられた銀の騎士たちの間にも、
「……ゆけ、“烈血のニールヴェルト”」
そう命じられた騎士が、王子の正面に向かい立ち、丁寧な言葉遣いと所作で深々と一礼する。
「……仰せのままに……我が主よ……」
そして、その頭が再び上を向いたとき――
「……ひははっ」
――そこには、“狂騎士”の顔があった。
***
……。
――うん? どうかしたのかい?
……。
――ああ、悲しんでいるのだね……。
……。
――そうだね、その通りだ……お前の大切な“お友達”が、何人も何人も、いなくなってしまったね……。
……。
――南に出かけた“お友達”は、困っている人を見捨てておけない、仲間思いのヒトたちだったね。
……。
――西へ向かった“お友達”は、見えないところで手助けをしてくれる、とても親切なヒトたちだったね。
……。
――北を目指した“お友達”は、時々厳しかったけれど、誰よりも仲間を気にかけている、1番頼りになるヒトたちだったね。
……。
……。
……。
――泣くのはおよし。
……。
――何も、悲しむことなんてないのだよ……。
……。
――南に出かけた“お友達”は、たった“2人”になってしまったけれど……。
……。
――いなくなってしまった“お友達”は、また、増やせばいいのだから……。
……。
――だから、さあ、顔をお上げ……。
……。
……。
……。
――……ユミーリア……。
……。
……。
……。
***
……。
……。
……。
ぱちぱちと、火に
燃え上がる
「あぁ……
その声を合図にするように、
「やっぱり……“狩り”はいいなぁ……。自分より弱い
ニールヴェルトの独り言に呼応するように、肩を震わせていた騎士たちが声を堪えきれなくなり、1人2人と、忍び笑いを漏らし始める。
真っ赤な
ちらつく炎が、物陰の中にぐにゃりと横たわっている影の形を浮き上がらせていたが、その存在を気にかける者はいない。
地面の所々に広がっている黒い染みのようなものは、光のいたずらで生じたものではなく、何かの液体が
「これでぇ……潰した集落は4つ目かぁ……何匹殺したかなぁ? ……あーぁ、そういえば
30人足らずの魔族が集まって形成された集落を襲撃し、“敵”のいなくなったその跡地に張った野営陣地の
「……。食事中だ……そういう話は控えてもらおうか、ニールヴェルト」
猟奇的な忍び笑いを漏らしている一団を横目に見ながら、アランゲイルが干し肉と野菜を煮込んだスープに口をつけている。
「あぁ……これは失礼いたしました、殿下ぁ。せっかくのお食事がぁ、
首を傾けてそう
「ふん……何、うるさかっただけだ……。……味などとうに、分からなくなっている」
そう言いながらアランゲイルは、ただ機械的に皿に盛られたスープを
王子が漏らしたその言葉を聞くと、隣に腰掛けていたニールヴェルトは手をついて姿勢を低くし、アランゲイルに近づいて、その顔を下から見上げるようにして
「ひははっ……殿下ぁ……それは、よくない傾向ですよぉ。それはぁ、あんたの頭ン中でぇ、渦が巻いてる証拠だぁ……」
狂騎士の不気味な光の宿った視線が、王子の脳内を
「あんたの脳みその中でぇ、“良心”とぉ、“憎しみ”とぉ、“愉悦”がぁ、共食いをしてる
そう言いながら面白がるように見上げてくるニールヴェルトを冷たく見返して、アランゲイルが鼻で笑った。
「……その“共食い”とやらで、食い散らかした皿の上に“愉悦”だけが残ったのが、貴様というわけか?」
「さぁ? どぉなんでしょぉねぇ? ひははっ……」
ニールヴェルトが、自分の分の皿に手をかけ、ゴクゴクと喉を鳴らしてスープを一息に飲み干し、そこに
「――まぁ、少なくとも俺にはぁ、“この飯が
……。
――共食い、か。次に私に味覚が戻ったとき、食い荒らされたテーブルの上に残っているのは、“何”なのだろうか。
……。
そのことに思いを巡らせている間、脳裏に妹の姿が浮かんでいたことを、兄の意識は終始否定し続けて、それが記憶に
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