18-12 : 悪夢の開く場所へ

「各騎、減速! 衝突に気をつけて! ここまでつき合ってくれた騎馬たちを、こんなところで潰すな!」



 エレンローズが、剣を抜く。左手に、愛用の長剣を。そして右手に、古剣の魔導器“運命剣リーム”を。



「新米くんが届けてくれた強行軍のチャンスはここまでよ! ここからは……再び交戦突破する! 戦闘用意!」



 隠密おんみつ術式が解け、“鉄器の骸骨兵団”の真っただ中に、騎士たちの姿があらわになる。



「――“雷刃”!」



 その双剣に雷をまとい、“右座の剣エレンローズ”の灰色の瞳が、大地を埋め尽くす鉄器骸骨たちをにらみつけた。



「――“運命剣”!!」



 そしてその向こう、わずか数十メートル先、騎士たちに影を落とす移動砦、その頂上を凝視して、銀の髪の女騎士が、運命をつかさどる剣の名を呼んだ。


 無限に分散する、数秒先の未来の可能性のすべてを映し出す神の目。そこに映るのは、これまでで最も凄惨な鉄器骸骨による蹂躙じゅうりん、わずか数十名の人間たちによる決死戦だった。


 北の四大主が座す移動砦の周辺は、とりわけ多くの鉄器骸骨がひしめいている。それは彼らが皇たる“渇きの教皇リンゲルト”を守護するという記憶を忠実に再生する亡者たちの意志のあらわれであり、その場所こそがこの悪夢“遡行召喚”の術式が開かれた地点そのものであることを物語っていた。


 ……押し寄せる骸骨兵たちに圧殺される、全滅の未来――棄却。



 ――前へ。



 ……決して癒えぬ渇きに満ちた亡者に囲まれ、喉元を食い破られ、全てが貪り尽くされる未来――棄却。



 ――前へ……前へ……!



 ……騎士と騎馬のことごとくが幾本もの槍に串刺しにされ、砦の頂上に構える北の四大主の目の前へつるし上げられる未来――棄却。


 身の毛もよだつ未来が、何度も何度も形を変えて、エレンローズの前に広がってはしぼんでいく。そのたびに内蔵が恐怖で裏返り、頭から血の気が引いて目眩めまいがした。



 ――私は……私は……!



 時の流れの存在しない万華鏡の世界の中をき分けながら、エレンローズがたったひとつの望む未来を求め続ける。



 ――絶対に……絶対に……諦めて、たまるもんか……!



 そして神の領域に踏み込む女騎士が、万華鏡の中から唯一の欠片かけらに手を伸ばした。その未来を紡ぎ出したのは、エレンローズの、人間の強く固い意志のなせる業だったのかもしれない。


 やがて神の万華鏡は閉じ、未来が収束していった。



 ***





「はあぁぁぁぁっ!」



 “特務騎馬隊”が、両手に槍を構えたたてがみの赤騎士を先頭としたやじり陣形を組み、“鉄器の骸骨兵団”に切り込んでいく。寡黙なくれないの騎士たちが、所狭しと密集する鉄器骸骨たちの間に力任せに道を切り開く。


 “特務騎馬隊”が1歩前に進むたび、くれないの騎士たちはとおを超える傷を負っていった。鉄矢が突き立ち、びた鉄剣に切り刻まれ、鉄槍に装甲をえぐり取られていく。


 しかしどんなに傷めつけられようと、“特務騎馬隊”の前進は決して止まらず、ゆっくりと、ゆっくりと進路をこじ開けていった。


 リンゲルトの座す移動砦まであと僅かというところになって、満身創痍となったくれないの騎士が1人、2人と力尽き、骸骨の山の中にたおれ、骨の海の中に身を沈めていく。


 鉄器骸骨の群がる密度は、移動砦に近づけば近づくほどに増していき、それはまるで屑鉄くずてつを擦り潰す巨大なひとつの機械のようだった。



「うわあぁぁぁ……っ!」



 新米騎士の駆る騎馬の脚に鉄器骸骨のびた鉄槍が突き刺さり、馬が悲壮な声で鳴いて、よろりとバランスを崩して側面に大きく傾いた。



「新米くんっ……!」



 無数の骸骨兵が成すすり鉢にみ込まれる寸前、その腕を引き上げたのはエレンローズだった。そして次の瞬間、完全に横倒しになった新米騎士の騎馬が断末魔を上げ、血飛沫ちしぶきを上げて“鉄器の骸骨兵団”に擦り潰されていった。



「エレンローズさん……っ」



 間一髪のところでエレンローズに引き上げられた新米騎士のすぐ足下で、亡者の骨がひしめいてメキリメキリと擦れ合う身の毛のよだつ音がしていた。



「――……なせない」



 新米騎士の腕を握るエレンローズの手に、ぐっと力が籠もる。



「死なせない……! こんなところにまで来てくれたきみを……死なせたりなんか、絶対に……!」



 ぐいと引っ張り上げた新米騎士を愛馬の後ろに乗せ、“右座の剣エレンローズ”が鬼気迫る剣さばきで鉄器骸骨の壁を切り開く。



「背中、頼んだわよ……!」



「は、はい……っ!」



 後ろを追ってくる骸骨兵に向かって剣を振り回しながら、新米騎士は片腕をエレンローズの腰に回して、振り落とされないようその背中にしっかりと身を寄せた。


 心臓が激しく鼓動を打って、その振動が自分のものなのか、それとも回した腕から伝わってくる女騎士のものなのか、それも分からなくなるほどエレンローズと新米騎士は――たった2人の銀の騎士は――互いが互いのために持てる限りの力で剣を振るった。


 そして先行する“特務騎馬隊”のやじり陣形がいよいよ崩壊しようというまさにそのとき、騎士たちは最も密度の高い“鉄器の骸骨兵団”の壁を突き抜け、移動砦の直下に飛び出した。


 両手に持った槍を振り回し、道を開き切ったたてがみの赤騎士が、両手の2本と背中に背負った投擲とうてき槍の束の1本を連続して移動砦に投げ放つ。


 ズドン、ズドン、ズドン。3本の投擲とうてき槍が移動砦の壁面に深々と突き立ち、それは“渇きの教皇リンゲルト”へと届く足場となった。


 そして無言のままエレンローズを見やるたてがみの赤騎士のその視線が、どんな言葉よりも明瞭に、その言葉を発する。



 ――「ゆけ」、と。



「行ってください! エレンローズさんっ!」



 すぐ背後に聞こえる新米騎士の肉声が、更にエレンローズの背中を押した。



「四大主の下へ……っ!!」



 双剣をさやに収めたエレンローズがくらの上に立ち上がり、跳躍の構えを取る。



「……いい? 生き延びるのよ……約束して……!」



 ちらりと横目で振り返ったエレンローズの目を見つめ返して、新米騎士はたった一言だけ、はっきりと言葉を返した。



「――はいっ!」



 その言葉に力を得て、エレンローズが移動砦の壁面へ飛び移り、たてがみの赤騎士が突き立てた投擲とうてき槍を足がかりにして、その頂へと跳び登っていった。

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