18-8 : この瞬間を積み上げて
――第6師団、前線交戦地帯。
……。
……。
……。
――!
――!!!
――!!!!!
人間の上げる無数の声が折り重なり、空気を震わす振動となって耳をつんざいた。
――!
――!!!
――!!!!!
それに対する者たちからは、カラカラと骨がかち合う音と、地の底から染み出る冷気のような
“明けの国騎士団”と“鉄器の骸骨兵団”の槍兵たちの掲げる長槍が、互いに交差し、死者の骨を砕き、生者の心臓を
骸骨兵たちに、自我はない。それらは“渇きの教皇リンゲルト”の召喚魔法に従って、かつての自らの記憶を再生して動く、
槍兵の記憶を持つ骸骨兵は、一切の迷いを持たずただ槍を前に突き出した。
剣士の記憶を持つ骸骨兵の
騎馬の記憶を持つミイラの馬とその騎手は、人間の塊に正面から激突して戦車ごと横転しようとも、激しく
心材にまで腐食が進行していた“青銅器の骸骨兵団”の装備とは異なり、“鉄器の骸骨兵団”の武装は表層こそ赤黒い
必要十分な強度と威力を有した装備と、50万という物量で押し寄せる“鉄器の骸骨兵団”。奇策の講じようのない、緩やかな丘陵地帯での正面交戦を展開するしかない“明けの国騎士団”に勝機のないことは、誰の目にも明らかだった。
大将首まであとわずかと、盛り上がりを見せていた士気も急激に下がっていた。前線は、本陣から伝達された“王都からの増援”という言葉にだけ希望を見、それに
つい一瞬前まで隣で戦っていた騎士が、次の瞬間には骸骨兵の集団に
圧倒的な兵力差で
そんな地上に顕現した悪夢のような戦地を、1人の新米騎士が脚をとられながらも前へ前へと進んでいた。
「……うあっ!」
乾いた土に無数の人間の血が染み込んでグズグズになった赤黒い泥が、足下でズルリと滑る。
「はぁっ……はぁっ……」
転んだ拍子に飛び散った泥が口の中に入ると、ジャリジャリとした砂の感触と、強烈な鉄の味がした。
血の染み込んだ泥の上に立ち上がった新米騎士の脚は、凄惨な光景の衝撃と疲弊で、ガクガクと震えた。
「くそっ! こんなところでへばるな! 何ビビってんだよ……動け! この! このっ!」
死をすぐ隣に感じる戦場で、その極限のストレスに
――バチバチッ。
遠くから、空気の張り裂ける音が時折聞こえてきていた。
舞い上がった砂埃と、大地を埋め尽くす“鉄器の骸骨兵団”の陰で見通しの悪くなった視界の中に、青く
――あの稲光の下に、この骸骨たちの向こうに、地獄のような戦場の奥深くに、あの人がいる。
――双剣を振るい、銀の髪を
新米騎士が、震える足を1歩1歩、少しずつ、確実に前に踏み出していった。
――ここで立ち止まったら、俺は、あの人に永遠に追いつけない……! そしたら俺は、きっと何者にもなれない……そんなのは御免だ……絶対に……!
――!
――!!!
――!!!!!
新米騎士の覚悟が具現したような、声にならない声が戦場を駆ける。
新米騎士の、エレンローズという憧れの存在を一心不乱に追いかけるその
「こんなところで……死んでたまるかあぁぁぁっ!」
……。
……。
……。
新米騎士のその声に呼応するように、主を失った1頭の騎馬が目の前に現れたことは、“偶然”という言葉で言い表すには、運命的に過ぎた。
***
「――“雷刃:
エレンローズが馬上で腕を左右に伸ばすと、無数の細い稲妻が双剣の刀身を
ジジジッ。
帯電した双剣に接した空気が、
ジジジッ。
やがてそれは空気を焼いてうっすらと白煙を上げ、刀身を赤熱させていった。
「はあぁぁぁぁっ!」
目の前で行く手を塞ぐ
ジュワ、と、一瞬何かの焼き切れる音がして、エレンローズの駆け抜けた後には、溶けた断面の鉄器鎧を転がせて、両断された骸骨兵の動かぬ残骸だけが残っていた。
ズドンッ、ズドンッ。
――ここで死ぬわけには、いかないのよ……!
バチバチッ。赤熱する双剣の先端で、太い雷光が踊った。
――あの人が……シェルミア様が……こんなことで、死んだりしちゃ、いけないのよ……!
「押し通るっ!」
――たとえこの状況が、アランゲイルの思う
「――“雷刃:
――シェルミア様は、明けの国に……私たちに、必要な人なんだから……!
バリバリッ、と大気が急速に熱膨張して、
骸骨兵が吹き飛んだ跡に、騎馬が駆け抜けるのに十分な道が開く。そしてその道の
リンゲルトが皇座に深く腰掛け、その
――だから、その
「――“運命剣”!」
古剣の鼓動を感じると同時に、体感時間が限りなく停止へと近づいていく。
エレンローズの眼前に、未来の可能性を映し出した無数の像が現れ、それらが万華鏡のように幻想的に回転し、揺らめいた。
1歩でも、前へ……1手でも、先へ……視界を埋め尽くす骸骨たちのその
「――道を……開けろおぉぉぉ!」
“運命剣リーム”が映し出す、可能性の万華鏡。その中からたった1つをエレンローズは選び取り、移ろう未来が、今この瞬間の現在へと、収束していった。
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