17-24 : 拝啓、大嫌いなあなたへ

 ――“宵の国”、東方。“イヅの大平原”。



「ゴーダ様、動きがあったようです」



 幾つかの巻物を手にしたベルクトが、“魔剣のゴーダ”の執務室を訪ねていた。



「御苦労」



 ベルクトから巻物を受け取りながらそう言うゴーダの声には、少しばかりの疲労の色がうかがえた。



「圧倒的な兵力差で押し切ろうとする連中だ。小手先の攻撃系術式巻物スクロールを使うとは思えなかったが……やはり“神速の伝令者”。回収した術式巻物は、すべて情報伝達の手段だったか」



 どんなに離れていても、そこに書き込んだ文字情報を瞬時に伝える伝達術式、“神速の伝令者”。情報戦を展開されていたら、もっと苦戦を強いられていただろうなと、ゴーダは戦況を振り返りながら思いを巡らせた。



「ある意味、使いようによっては最強の術式巻物だ……。お陰で、あちらの情報はこちらに筒抜けというわけだな」



「他方面の戦況はどのように?」



 ベルクトが、余り興味もなさそうに尋ねた。



「うむ、確認しよう」



 1つ目の術式巻物をゴーダが開き、そこに書かれた情報を読み取った。



「南方は……人間側が劣勢のようだな……この記述内容から推測するに、“真のカース”が姿を現したのだろう。とすれば、この後の結果は見えている。以降の更新が止まっているということは、南方に攻め込んだ騎士団は全滅したと見るのが自然だ」



「森の主が飛び立ったとなれば、それ以外の結果はあり得ないでしょう」



「だろうな」



 執務机の上に術式巻物を投げ出して、ゴーダが小さくめ息をついた。



「しかし……人間側の情報が更新されなくなったとなると、南方の動きは全く見えなくなったとも言える。“暴蝕の森”には、我々に素早い情報を提供してくれる魔族がいないからな……森を突破した人間がいないとも言い切れん。やはり南方は手に負えんな。不確定要素が多すぎる……」



 此度こたびの戦役の引き金ともなった、人間領へのカースたち魔物の侵攻。“明星のシェルミア”への根回しを台無しにされた事件のことを思い出して、ゴーダは顔をしかめた。



「西方と北方についても“伝令者”の情報があるようです。こちらを」



 ベルクトが、まだ開かれていない術式巻物をゴーダに差し出した。



「ふむ……これは……西方の情報だな……。……っ!」



 術式巻物を開いた途端、ゴーダは苦虫をみ潰したような表情になって、腕を伸ばして書面を遠ざけた。



『……ゴーダ、これを読んでいるのでしょう? 分かっていましてよ』



 “神速の伝令者”の巻物上に、“三つ瞳の魔女ローマリア”の筆跡が浮かんでいた。



貴方あなたのことです、情報が欲しいのでしょう? ええ、こちらは今しがた、全て片づいたところですわ。貴方あなたの方は……くまでもありませんわね』



「勘弁してくれ……あの魔女、どこまで見透かすつもりだ……」



 ゴーダが、はぁっと大きなめ息をついた。それを前にしてベルクトは、じっと立ち尽くしたまま微動だにしていない。上司の私情に口出しするつもりは毛頭ないようだった。


 更に、ローマリアの手書きの文字が、今まさにゴーダが見ている目の前で新たに浮かび上がってくるのを見て、暗黒騎士はたまらず眉間を指で摘んだ。



『……人間たちが攻め込んできた拍子に、昔のことをいろいろと思い出してしまいましたわ。嗚呼ああ、恨めしいったら、ありませんわね』



「……」



 その文面を見て、ゴーダの顔に陰が差した。



『お互い、250年前のあの日の恨みが消えることはないでしょう……ですけれど――』



 ローマリアの文字がそこまで浮かび、数秒間沈黙する。



『――ですけれど、その……決して許されないのなら……貴方あなたが私に、貴方あなたのことを恨み続けろと言うのなら……時々で、構いません……西の四大主としてではなく、“ローマリア”として……“貴方あなたのことが大嫌いです”と、言わせていただけないかしら……?』



 ――その文字が震えているのは、共にちてやることも殺してやることもできなかった“俺”への恨みからなのか、それとも……。



「……ベルクト、ペンを取ってくれ」



「よろしいのですか?」



「……聞いてくれるな……」



「は、承知いたしました」



 ――全く……あの外法者げほうものめ……。



 ……。


 ……。


 ……。



『……ああ、勝手にしろ……私もお前のことが、大嫌いだからな』



 “神速の伝令者”に素早くそれだけ書き込むと、ゴーダは術式巻物をくるくると巻き上げて、ベルクトに投げ渡した。



「……燃やしておいてくれ」



 暗黒騎士が、手短に言った。



「承知いたしました、ゴーダ様。……まだ、魔女から回答があるやもしれませんが?」



 ゴーダの真正面に立ち、ベルクトがお節介を承知で口を開いた。



「構わん、燃やしてくれ。今すぐにだ……。……どのみち、あいつはもう何も書いてはこんよ。それぐらいのことは、私にだって見透かせる……“あいつと長いつき合いをしたことがあれば、誰だってそうなる”」



 ゴーダが、当たり前のように言った。



「左様ですか……承知いたしました」



 術式巻物を受け取ったベルクトがくるりと背を向け、巻物を焼却するために執務室から外へと続くドアノブに手をかけた。



「……。ゴーダ様、差し出がましいようですが」



 ドアから身体の半分を外の通路へ出してから、ベルクトが肩越しにゴーダを振り返る。



「何だ? ベルクト」



「たとえ500年、あの魔女とともに過ごしたとしても……“普通、そんなことなど分からない”と、邪推いたします」



「……」



「……」



「……そうか……」



「はい。……では、私はこれを焼却して参りますので、これにて」



「……。……ああ、頼む」



 ――バタン。


 ベルクトが去り、執務室にゴーダ1人が取り残された。



 ――ああ、そうだな……そうかもしれん。あいつが何を考えているかなど、誰にも分からないのかもしれん……。



 ……。



 ――だが、私には……“私にだけは”、よく分かる……今頃あいつは、私がしたためた文面を見て、満面の嘲りの笑みを浮かべて、クスクスと笑っているだろうさ。



 ……。



 ――250年前の“あの日”に……「私を恨み続けてくれ」と私自身があいつに請うた“あの日”に……泣き顔の上に強がって貼り付けて見せたのと、全く同じ嘲笑でな……。



 ……。



「全く……私も大概、不器用な男だ……」



 残る最後の“神速の伝令者”に手を伸ばしながら、暗黒騎士“魔剣のゴーダ”が誰にも聞こえない独り言をこぼした。

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