17-25 : 闇に紛れる、光と影
――西方戦役の終結と時を同じくした、“明けの国”、王都。
……ピチャン。
――地下牢。
……ピチャン。
――“特級反逆者”、シェルミア独房。
一切の光の届かない、その地下の
「第1王女様も、
「“元”姫騎士様は、今頃どんな顔であそこに
「“闇流し”も、今日で何日目だったかなぁ? ひぃ、ふぅ、みぃ……あー、忘れちまったぁ……。とにかく、もう結構、長いよなぁ、キヒヒ」
「“闇流し”になった
ピチャン。
「目が見えなくて……昼も夜も分からなくて……自分が起きてるのか寝てるのかも分からなくなって……身体の感覚がなくなって……その内、オイラが目の前にいるのに、オイラじゃない何かに向かってぶつぶつ言い出すんだぁ……」
ピチャン。
「キヒヒ……オイラ、色んな人間が色んな刑で壊れていくのを見てきたけど、“闇流し”で頭がおかしくなっていく人間を見るのが、一番好きだぁ……キヒヒヒ……おっと、そろそろ
醜い男の足が、地下深くの独房の床に着いた。
闇の中は、完全な無音である。
パンが床に落ちる、ポフっという
その音に反応して、闇の向こうから鎖の揺れるジャラリという音が聞こえた。
「……う……あ……?」
声の出し方を忘れ去ってしまったような、女の
闇の中で、
「ま……う……!」
たまたま足下にまで転がっていったパンの
「ひっ……! あ……ぅが……」
闇の向こうから、
笑い声を必死に堪えて、シェルミアの壊れ具合を堪能した
……。
……。
……。
ピチャン。
……。
……。
……。
「……はぁ……毎度毎度、悪趣味な、人ですね……」
「何が楽しいのか、理解できません……」
「……うっ……!」
その
「……ぐっ……。……っ!」
シェルミアが歯を食いしばり、吐き出してしまいたい衝動を必死に押さえ込んで、口の中の物を無理やり
「ようやく……油断して、くれましたね……“これ”を置き忘れていってくれるのを、ずっと、待っていた……!」
歯を
「私は、“明星のシェルミア”……この程度のことで壊れるほど、柔ではありません……!」
***
――“明けの国”、某所。深夜。
「ブオッ、ブオッ」
月の光も届かない山肌の陰の中で、複数の大型の獣が鳴いていた。ずんぐりとした体格の、赤毛をした
20頭ほどのヒイロカジナが鎖と動滑車で
動滑車の木の歯車が、ガチリガチリと
ヒイロカジナたちを先導しているのは、真紅の装甲を
「くれぐれも慎重に作業するのだよ……彼女はとても繊細なのだ……」
そして、
「娘は今、とてもよく眠っている……そうだ、ゆっくりと動かしたまえ。我が
後ろに寝かしつけた灰色の髪と、紫色をした瞳。明けの国の宰相、ボルキノフが、ヒイロカジナたちが食いしばった口元から
山肌には朽ち果てかけている石門があり、その内部には斜めに傾斜した通路が敷かれ、
「ゆっくりと……ゆっくりとだ……」
そして、月光も差し込まない岩影に、一際濃い影が姿を現す。
それは、騎士たちの聖域、“騎士
20頭ものヒイロカジナで一斉に引いてやっと動かすことのできる石棺が、長い時間をかけて地下からゆっくりと引き上げられていく。が、その最後の段、地下へと伸びる斜面から、地上の平地へ乗り上げるまさにそのとき、斜面に沿って頭を上げていた石棺が、自らの重量で水平の向きに勢いよく倒れ込んだ。
鈍く大きな衝撃音がして、足下に振動を感じた。巻き上げられた
「ああっ」
ボルキノフが悲壮な声を上げて、地面に
「馬鹿者……! 私は丁重に扱えと言ったのだぞ……! 娘が……私の
石棺に覆い
「ああ……平気かい? ユミーリア……?」
「……」
誰もが沈黙する
……。
……。
……。
――《『お父様……? ここは、どちらでしょうか?』》
ボルキノフの耳に、“
「ユミーリア……起こしてしまったね。許しておくれ。ここは……“お家”の外だよ、ユミーリア」
――《『まぁ……! お外に出るだなんて、いつ以来でしょうか、お父様。ああ、お星様が見えます……何て
「本当は、もっと景色のよい所に着いてから起こしてあげようと思っていたんだよ、ユミーリア。ああ、でも、お前がそんなに喜んでくれて、私はとても
石棺に頬を寄せるボルキノフの目には、慈愛の情が
「……そうだ、ユミーリア。私が星座を教えてあげよう。今日は、夜更かししてもいいんだよ、ユミーリア」
――《『ああ、素敵……! ありがとうございます、お父様。ユミーリアは、とてもとても
ボルキノフが石棺から顔を上げて、その石の蓋に向かって首を
「何だい? 私に何かくれるのかい?」
そう言いながらボルキノフは重い石の蓋に手をかけて、常人の力ではびくともしないはずのその封印を、たった1人でこじ開けた。その顔を、
石の蓋がずれ動き、その隙間から石棺の中身の一部が外気に
その地下の
――《『これを、お受け取りください、お父様。“お友達”が、見つけてきてくれた物です』》
青白い蛍光色を放つ“少女の腕”が、闇の中にぼおっと浮かび上がる。その小さな手のひらの中には、何かが握りしめられていた。
「ああ……ありがとう、ユミーリア。大切にするよ、大切に……」
ボルキノフが“少女の腕”ごと、その手のひらに握られた装飾品を手で包み込んだ。
“少女の腕”から受け取った品物を懐にしまいながら、しかしボルキノフは
――《『お父様、くすぐったいです』》
「ユミーリア……お前は本当に、優しくて、美しい子だね……ほら、触れておくれ、ユミーリア。私の顔に……」
ボルキノフが“少女の腕”をそっと導いて、自らの頬にその青白く発色する手のひらをあてがった。
ヌチャリ、ヌチャリ。“少女の腕”の粘膜がボルキノフの頬にこびり付く。
「ああ、
宰相がそっと目を閉じて、
――《『お父様……愛していますわ……』》
「私もだ……ユミーリア……私も、愛している……」
そして――。
……。
……。
……。
ガブリ。
ボルキノフが大きな口を開け、“少女の腕”に、食らいついた。
顎に力を込め、歯を食い込ませ、粘膜で覆われた皮膚を食い破り、肉を引きちぎり、グッチャグッチャと音を立ててそれを
“少女の腕”にはボルキノフの歯の形に食いちぎられた
「さあ……ゆこう、ユミーリア」
自ら食らいつき傷つけた“少女の腕”をそっと石棺の中に戻しながら、ボルキノフが陶酔した声でぶつぶつと
「私たちの悲願……“永遠への近似”を実現させるために……“あの種”に宿る生命の力を、次こそ我らの手の内に……」
……。
……。
……。
「相まみえるのが、楽しみだよ……“魔剣のゴーダ”……」
――“宰相ボルキノフ”、“
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