17-12 : 魔女の右目
落下の衝撃を和らげようと乱発した転位魔法の精度は狂いに狂っていて、どうやって自分が階下まで
――
ローマリアは、
――魔力の流れが、制御できませんわ……これでは、まともに魔法は使えません……。
「魔女を討て! 進めぇ!」
人間たちの怒号が頭痛をもたらし、階段を伝わってくるわずかな振動さえ、ボロボロになった身体には激痛となった。
――手足の骨が、折れてしまいました……内蔵も、傷んでいるかもしれません……。
……。
……。
……。
――
……。
……。
……。
――ですけれど……ですけれどね……?
……。
……。
……。
――わたくしは……西の四大主ですわ……。
……。
……。
……。
ローマリアが、右目の眼帯に、手をかける。
……。
……。
……。
――わたくしは、“魔女”……“三つ瞳の魔女ローマリア”……
……。
……。
……。
……パサリ。
ローマリアの右目から外された眼帯が、
透明で美しい
その何も見えないはずの右目が、騎士たちの足音が刻一刻と迫ってくる中で、せわしなく左右にキョロキョロと揺れ動いた。
100年以上前に、完全に光を失ったその右目は、しかし、“何かを読んでいた”。
――第3705番書架、下段より5列、右から14冊目……「生体内における魔力の調律」。
「往生しろ! 西の四大主!」
いち早く
バサバサバサ。
頭上から、何かが落下してきた。それは空中で回転しながら、飛び方を知らない鳥のように、羽ばたくような音を立てながら、階下へと落ちていった。
それは、数冊の魔法書だった。
「ああっ! 貴重な魔法書が……我らの追い求めた至宝が……!」
「馬鹿野郎! 本なんかに気を取られるな!」
魔法への探求心のために魔法書に執着している魔法使いたちを、隻眼の騎士が強い語気で
「くそ……! 四大主は……魔女はどこに行った?!」
「……あそこです! 上!」
ローマリアの姿を探して周囲を見回していた隻眼の騎士に合流したロランが、頭上の
ロランが指し示すその先に、力なく書架に倒れ込んでいるローマリアの姿があった。魔女は“巨人の魔力”に侵され感覚のなくなった手を書架に並ぶ魔法書の列に突っ込み、何かを探しているようだった。そうしている間にもローマリアは何度もバランスを崩し、そのたびに書架から魔法書をばらまいた。魔法書の束は、そこから落下してきていたのだった。
そしてロランたちは、ローマリアが書架から1冊の魔法書を手に取り、口元を
「……っ! 何かする気です!」
ロランが警戒の声を上げた。
「やろう……! させるか! 矢を撃て! 狙う必要はねぇ! とにかく数を撃て!」
騎士たちが弓を手に取り、矢を速射する。“点”で魔女を狙うのではなく、“面”で回避不能の矢の弾幕を張った。
一斉に放たれた矢の壁を前に、満身
「
その顔に、深い嘲笑を浮かべていた。
魔女の曇った右目が再びキョロキョロと左右に揺れ、何かを読んでいるような動作を見せる。
――第1083番書架、最上段、左から54冊目……「外乱魔力の波動解析」。
ローマリアの姿が
騎士たちが、再び魔女の姿を探して周囲を見回した。
「! ロラン隊長! あんなところに!」
重装歩兵の1人が、今度は階下を指さして声を上げた。
つい先ほどまで、ロランたちのいる段よりも上に位置する
依然として魔女の足取りはふらついていたが、先ほどのように書架に倒れ込み、魔法書をなぎ倒すようなことはなかった。
それを見て、ロランも、隻眼の騎士も、自らの直感が警鐘を鳴らすのを感じた。
ローマリアが、今度は何の迷いもなく、書架から1冊の魔法書を手に取った。
「本当に……惜しかったですわね……あと半歩で、わたくしを殺し切れたでしょうに……ふふっ」
嘲笑を浮かべるローマリアの手の中で、魔法書がボロボロに朽ちていき、
「……? 何だ? 魔女は何をしている……?」
隻眼の騎士が
ローマリアが、嘲笑に顔を
「
魔女がゆらりと顔を上げ、何も見えていない右目で、騎士たちの立つ
「……ふふっ」
ローマリアの右目が、にんまりと嘲りにねじれる。ただそれだけのことで、騎士と魔法使いたちの背筋には寒気が走った。
――第2206番書架、上段より9列、左から35冊目……「重度外傷の魔力的治癒法」……及び、同書架、下段より7列、右の1冊目……「内臓器官の自然治癒力、その加速度的増強術」。
ローマリアに向けて、騎士たちによる2度目の矢の斉射が放たれた。その弾幕を前に、魔女の姿は
「……ごきげんよう……」
その声は、不気味なほど近くから聞こえた。ロランたちが顔を右に向けると、まさにその目の前に、ローマリアの姿があった。
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