17-10 : 冷たい計算

「ロランのやつ……盾に風を受けてあんな高いとこにまで跳ぶとはな……はは、優男やさおとこみたいなツラしておいて、随分大胆なことするじゃねぇか」



 はるか頭上で魔女と交戦しているロランの姿を見やりながら、隻眼の騎士が驚嘆と感心を含んだ声でつぶやいた。



「それにあの目……並大抵の覚悟で先陣に名乗りを上げた訳じゃないってことだな……無茶むちゃしやがる」



 隻眼の騎士が、ちらりと大聖堂の中央へと目を向ける。そこには騎士たちの包囲網を抜けて、再集結した人形たちが構えていた。



「いっぱいやっつけたよー」



「でもでも、いっぱいやられちゃったー」



 人形たちを分断し、各個撃破していったことで、“狩人かりうどの人形”は過半数が活動を停止していた。だがその各個撃破の戦法をもってしても、“狩人かりうどの人形”1体を活動停止に追い込むまでに、騎士たちは平均して10人の犠牲を払わなければならなかった。



「負けないぞー」



「えいえいおー」



 活動可能な人形の残数、20体。人間側“先陣部隊”残存兵力、300人強。



「ロランよぉ……お前にばっかり、無茶むちゃさせるわけには、いかねぇよなぁ」



 単純な計算の上では、“先陣部隊”優勢だった――人形1体につき騎士10人の犠牲。つまりはあと200人の騎士が命を落とし、100人の騎士が人形殲滅せんめつ後の戦場に生き残る計算である。


 だが、その冷たい計算を実行に移すほど、隻眼の騎士は冷酷な男ではなかった。



「こっちもいい加減、ケリつけるぞ……」



 隻眼の騎士には、これ以上の消耗戦を続ける意志は、なかった。



「ぜんたーい、せいれーつ」



「かまえー」



 ラッパのおもちゃを持った隊長役の人形が、号令をかける。



「とつげきー」



「「「わー」」」



 パーラパーラパッパラッパ、パッパラッパ、パッパパー。



「野郎ども! こじ開けろぉ!」



「「「おおぉぉぉぉ!」」」



 隻眼の騎士が、各個撃破戦から、集団戦へと切り替える。直属の部下である戦士たちが突撃し、それに続いてくれないの騎士たちと重装歩兵たちが続いた。


 ――隻眼の騎士は、冷たい計算ができるほど、冷酷ではない。


 人形たちが“狩人かりうどの人形”へと姿を変え、変形に伴う変則的な歩幅と間合いの急激な変化で戦士たちを翻弄し、無慈悲な一撃を放つ。


 ――隻眼の騎士は、しびれを切らして無謀な玉砕を仕掛けるほど、愚かでもない。



出鱈目でたらめな間合いでもなぁ! そう何度も同じ動作ばっかりしてれば!」



 戦士たちが伸びてくる大槍を素早くかわし、くれないの騎士たちが長剣の回転切りをいなし、重装歩兵たちがウォーハンマーの重撃を受け切る。



「――見え見えなんだよぉぉぉ!!!」



 ――突撃をかけた隻眼の騎士には、つまるところ、勝算があったのである。


 戦士たちと、くれないの騎士たちと、重装歩兵たちによって、“狩人かりうどの人形”たちが押しのけられ、隻眼の騎士の前に道がこじ開けられる。


 その先には、ラッパのおもちゃを持って飛び跳ねる、隊長役の人形の姿があった。



「オオォォォォっ!!」



 隻眼の騎士が、雄叫おたけびを上げながら全力で前に飛び出した。


 1体の“狩人かりうどの人形”が、大槍を突き出す。



「邪魔だぁぁぁっ!!」



 全力疾走する隻眼の騎士が身体の軸をわずかにずらし、ギリギリのところで大槍をかわす。槍の先端がヂッと頬をかすめた感触があった。


 ザンッ。


 隻眼の騎士の一太刀が、大槍の人形を斬り伏せる。



「どけぇぇぇっ!」



 続いて飛び出してきた長剣の人形の一閃いっせんを剣で受けきった隻眼の騎士は、走る勢いに乗せて“狩人かりうどの人形”を押し倒した。間髪入れずに人形に剣を突き立て、白亜の石床に串刺しにする。



「アアァァァァッ!!」



 ウォーハンマーを振り上げた人形の姿を捉えるや、隻眼の騎士は石床に突き立てたままの剣から手を離し、盾でハンマーを受け流した。人形がバランスを崩した一瞬のすきをついてそのまま体当たりをしかけ、その革の手からウォーハンマーを奪い取ると、騎士は“狩人かりうどの人形”をたたき潰した。



 剣も、盾も、奪ったウォーハンマーも投げ捨てて、丸腰となった隻眼の騎士が、隊長役の人形に向かって真っぐに突っ込んでいく。



「これでしまいにしようぜ! クソ人形どもぉぉぉぉっ!!!」



 懐に手を伸ばした隻眼の騎士の手には、小さな1本のナイフが握られていた。


 ――ザクリっ。


 ……。


 ……。


 ……。


 一瞬、大聖堂に静寂が降りた。


 ……。


 ……。


 ……。



「……わーい」



 きゃっきゃと騒ぐ人形の声が、その静寂を破る。



「やられちゃった、やられちゃったー」



 隊長役の人形の胴体には、1本のナイフが突き刺さっていた。



「……露払いは、終わったぜ。覚悟しろ……魔女様よぉ」



 ――ズブリ。


 隻眼の騎士が手に力を込め、隊長役の人形に、ナイフを柄まで深々と差し込んだ。


 そして、すべての“狩人の人形たち”が、活動を停止した。



 ***



 ――“星海の物見台”、門外。



「……魔女の術式を感じるぞ……強大な魔力の鼓動が、手に取るように……」



 魔法使いのおさが、感嘆の声を上げた。



「“短刀”が、魔女の術式の核に触れた……おぉ、すばらしい……何とよどみのない、美しい調律か……」



「よくぞ、やってくれた……!」



 指揮官が“先陣部隊”の進んでいった道を見やり、深くうなずいた。そして自らも剣を抜き、門外に展開する総勢6000人の騎士と魔法使いの混成部隊に指令を飛ばす。



「聞け! 勇敢なる者たちが道を開いた! これより我々本隊も侵攻を開始する! 騎士たちよ! 魔法使いたちよ! 魔女を討て!」



 指揮官の号令に従い、まずは武装した騎士5500人が一斉に進撃を開始した。


 魔法使い500人は後方に回り、何かの術式を詠唱し始める。



「これまで、何人もの“明けの国”の優秀な魔法使いたちが、“星海の物見台”への接近を試み、損なわれていった……。魔女から逆流してきた魔力の奔流に、精神をかれていったのだ……」



 恐らくは何人もの弟子をそうして失ったのであろう魔法使いのおさが、苦々しげに歯みをした。そして次の瞬間、その口元がニヤリと笑う。



「今度は、こちらの番よ……。“魔力連結の指輪”……我ら500人分の魔力を束ねた、“巨人の魔力”……魔女よ、もがくがよい……」



 “魔力連結の指輪”によって、500人の魔法使いたちの魔力の波長が完全に同期し、ひとつの巨大なうねりとなる。


 その目には見えない魔力の塊は、隻眼の騎士が“隊長役の人形”に突き立てた“魔法使いの短刀”に向かって、真っぐに空間を伝っていった。


 ……。


 ……。


 ……。


 ほどなくして、“星海の物見台”の正門から、まばゆ閃光せんこうあふれ出てくるのが、門外に展開する人間たちの目にも、はっきりと見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る