17-8 : 狩人の人形

「……」



「ねーねー」



「……」



「お話して、お話してー」



「……」



「??? むむむぅー???」



 “特務騎馬隊”に包囲分断された数体の人形たちが、無言のままのくれないの騎士の足下をうろちょろと歩き回っている。



「お話できないー?」



「……」



「おしゃべりできないー?」



「……」



「??? むむむぅー???」



 人形たちが、物言わぬくれないの騎士の足下で、不思議な物を見るように首をかしげた。



「じゃあね、じゃあねー」



「遊ぼ、遊ぼー」



「戦争ごっこ、続きしよー」



「とつげきー」



「「「わー」」」



 片手に長剣を順手に持ち、もう片方にナイフを逆手に持った人形たちが、それぞれを取り囲むくれないの騎士たちに向かって飛びかかった。


 ――ギュオンっ。


 瞬間、人形が急膨張して“狩人かりうどの人形”となり、素早く身体をひねって長剣とナイフによる回転切りを放ち――。


 ――ザシュッ。



「……」



「??? あれぇー?」



 高速で交差したくれないの騎士たちの甲冑かっちゅうは、無傷であった。



「??? あれれぇー?」



 くれないの騎士の背後、白亜の石床の上で、胴体から真っ二つになった人形の残骸が転がっていた。



あかい鎧の人、つよいつよーい」



「やられちゃった、やられちゃっ――」



 グシャリ。


 壊れた人形をくれないの騎士が踏みつけ、ぐりぐりと踏みにじった。



「――」



 おしゃべりな人形は、ぴくりとも動かなくなり、何も言わなくなり、ただのボロ切れに成り果てる。



「……」



 バラバラになって活動を停止した人形をじっと見下ろして、ただ無言のまま、くれないの騎士がたたずんでいた。



 ***



 金属同士がぶつかり合う甲高い音が響き、火花が散った。


 大盾を支え持つロランの両手に、ビリビリとしたしびれが走る。


 ロランに攻撃を受けられた人形が、数メートル離れた場所にまで後退して、体をヒョイヒョイと前後に揺らした。



「よーいしょ、よーいしょ」



 人形は振り子のように前に後ろに体を揺らし、その振幅をどんどん大きくしていく。



「ふーんっ……っ それぇー」



 そして人形がその小さな体を一際大きく後ろにけ反らせたかと思うと、ばね細工のおもちゃのようにロランに向けて素早く飛びかかった。


 人形の跳躍軌道を冷静に見極めたロランが、さっと大盾の角度を変える。


 ――ッガッキィィィン。と耳が痛くなるほどの衝突音が再び響き、“狩人かりうどの人形”が振り下ろした大振りの戦鎚ウォーハンマーが、ロランの大盾の表面にへこみを作った。



「うっ……! くっ……」



 大盾を伝ってウォーハンマーの衝撃がロランの全身を伝い走り、筋肉と骨とけんにビキリと大きな負荷がかかる。


 隻眼の騎士と同様、ロランもまた、体の寸法が一瞬で数倍に変形する人形の、癖のある間合いをつかみきれずにいた。



「ロラン隊長! 御無事ですか!?」



 ロランの率いる部隊に所属する重装歩兵の1人が、背後から隊長の名を呼ぶ。その声音は緊張で張りつめていた。



「僕は大丈夫です。そちらは……。! うっ……!」



 ロランの隊は、ウォーハンマーを背負った人形の集団と混戦状態となっていた。何人かの重装歩兵が“狩人かりうどの人形”の強打にたおれ、その頑強な重装鎧は中身もろともグシャリと大きくへこみ、原形をとどめていないものもあった。べっこりと潰れた胸部装甲、かえるの頭のようにべしゃりと変形した兜、そこからにじみ出てくる赤黒い流血――部下である騎士たちの無惨な死に様を目にして、ロランは喉元が詰まるのを感じた。



「うーんしょ、うーんしょ」



 3頭身に縮んだ人形が、きゃっきゃとはしゃぎ声を上げながら、再び体を振り子のように前後させ始める。



「ロラン隊長! 人形どもにその盾の打撃では効果が……!」



 防戦一方に押されている隊全体の士気は下がりつつあり、重装歩兵の包囲を抜けた人形たちが1か所に――ロランの周囲に、集まり始めていた。



「にんげんのたいちょー、みつけたー」



「たいちょーを、やっつけろー」



「よーいしょ、よーいしょ」



「うーんしょ、うーんしょ」



 ロランの周囲を囲んだ人形たちが、一斉に体を前後に振り始める。



「「「「ふーんっ……っ、それぇー」」」」



 ウォーハンマーを振り上げた“狩人かりうどの人形たち”が、同時にロランに向かって必殺の打撃を放った――。



「ロラン隊長ぉー!」



 ――……。



 ロランは、自分に剣の才能がないことを知っている。剣の腕前に関しては、剣術にけた姉のエレンローズの足下にまるで及ばないということを、10歳の時分から知っている。


 だからロランは、早々に剣を持つことに見切りをつけた。


 幼い頃からずっと、姉の背中の後ろで守られてきたロランは、脅威に対して先手を打ち、能動的に行動を起こすということに不慣れだった。


 だからロランは、自らの武装として大盾を選んだ。


 それは、後手に回る受動的な自分ととても相性が良いものだと、ロランは知っている。


 それは、守られてばかりだった自分が、誰かを守るために必要なものだと、ロランは知っている。


 だからロランは、その左腕の“腕輪”の使い方を、“抑えている”。



「……“風陣”」



 その背中に、守らなければならない者がいる限り、“風陣の腕輪”の真骨頂を使うわけにはいかないと、ロランは心に決めている。



「ロラン隊長ぉー!」



 だが今、ロランの背中に、守るべきものはいない。



「「「「それー」」」」



 今その背中にいるのは、“狩人かりうどの人形”、つまりは、“敵”である。



 ――僕は、盾を使うことにするよ、姉様。



 ――だって僕は、姉様みたいに、剣術が上手じゃないもの。



 ――姉様や、シェルミア様みたいに、剣を器用に、使えないもの。



 ――僕が“剣”を使ったら、姉様たちのこと、傷つけちゃうもの。



「……だから、僕の背中に“敵”しかいないなら、手加減できないからね?」



 ……――。



 魔導器“風陣の腕輪”に魔方陣が浮かび上がり、ロランの周囲で風が渦を巻いた。


 ヒュン、ヒュン。


 逆巻く風が、瞬く間にその渦の回転を速めていく。


 ヒュン、ヒュン……ビュン、ビュン……シャッ、シャッ……。


 風の音がどんどん高くなり、硬質な反射音に変化していく。


 パキン、パキン。


 一斉に飛びかかってきた“狩人かりうどの人形たち”がウォーハンマーを振り下ろす動作に入った頃には、それはもはや風の音とは思えぬ金属質な音色と化していた。



「――“風陣:太刀風たちかぜ”」



 ――ズバッ。


 所持者のロランにさえ制御不能のカマイタチ――真空の諸刃もろはが半径数メートルに渡って吹き渡り、“狩人かりうどの人形”の頑丈な革服が千々に切り刻まれる鋭い音がした。


 ……。


 無数の刃と化した風が吹きむ頃、ロランの周囲には人形の姿はなく、そこにあるのはズタズタの小片となった革の切れ端の山だけだった。

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