17-7 : せんそーごっこ

「わたくしの独奏、お気に召していただけましたでしょうか……ふふっ」



 手で摘んだローブの裾をわずかに持ち上げ、深くお辞儀をした姿勢のまま、ローマリアがクスクスと笑い続けていた。



「申し遅れました……わたくし、名をローマリアと申します。“三つ瞳の魔女”の二つ名を頂く、“宵の国”のまもり手が1人……西の四大主にございます」



 大聖堂を背景に、優雅に振る舞うローマリアの姿には、侵しがたい、触れがたい気配があった。それを一言で言い表すとすれば、“神秘”という言葉が相応ふさわしかった。



「あれ、が……あれが、魔女、か……」



 先陣部隊の集団の中から、誰からとは言わずそんな言葉が漏れ聞こえた。


 戦士の声には、ローマリアの美しいで立ちへの“感嘆”と、それをゆがめる眼帯の存在に感じる“不気味さ”、そしてそれらの要素が混ざり合って醸し出される神秘さに対する、“崇拝”のような感情が入り交じっていた。


 そのめ息のような声は、戦士たち全員の心の声でもあった。あるいは、魔女を前に言葉を発した者など誰もおらず、皆が同時に己の内側に幻聴を聞いていたのかもしれなかった。


 魔女がまとう神秘のオーラの前に固まっている戦士たちの顔を見やりながら、ローマリアがふぅと細いめ息をついた。



嗚呼ああ、それにいたしましても……“明けの国”の騎士と、魔法使いの皆々様……とても遅いお着きでしたわね……」



 ローマリアが、クスクスとからかうように笑いながら、右手を自分の頬に当てる。



「あなた方が何時いついらっしゃるのかと、ずっとお待ちしておりましたから、とてもとても、退屈でしたわ……わたくしの演奏できる、最も長い独奏曲を、奏で終えてしまうほどに……ふふっ」



「……最初ハナっから、全部お見通しだったってことか?」



 緊張した表情を顔に貼り付かせて、隻眼の騎士が口を開いた。



「ふふっ……いいえ? わたくしは、ただお待ちしていただけですわ。あなた方が扉を開けるまで、わたくし、全く気がつきませんでしてよ? 隠匿の術式、お見事でした……明けの国の魔法使いも、存外優秀ですのね?」



 待ち伏せられたと警戒していた隻眼の騎士から、ほんの一瞬だけ安堵あんどの息のようなものが漏れた。しかし、西の四大主を目の前にしていることに変わりはない。そのことへの緊張の方が、はるかに勝っている事実は変わらない。



「――ですけれど」



 魔女が、頬に当てた右手の陰で口元をにんまりとゆがめて、その美貌に不釣り合いな嘲笑を浮かべる。



「ですけれど……嗚呼ああ、所詮はその程度……わたくしがわざわざ索敵の術式を使うまでもない、ただの人間たちの、悪戯いたずらのようなものですわ……ふふっ」



「……へっ、悪戯いたずら、か……そりゃどうも、魔女様……」



 隻眼の騎士が、くれないの騎士とロランに目配せをした。これは電撃作戦。いつまでも魔女に流されている訳にはいかないのだ。



「ふふっ。さぁ……騎士と魔法使いの方々……あなたたちの望むものは、なあに?」



 ローマリアが、目元までも嘲笑にゆがめて、子供をからかうように言ってみせた。



「“魔女の命”なんて言ったら、あんたは笑うんだろうな! 魔女様よ! でもな! 俺たちは本気だ!」



 隻眼の騎士が、背後の戦士たちに向けて怒声を飛ばす。



「野郎ども! もう一生分ひるんだな! 後には退けねぇぞ! 何も持たずに生きて帰れるやつはいないと思え! 持ち帰れるのは、魔女狩りの土産話だけだ! “棒立ちのビビリ男”の話のネタにされたくないなら、根性見せてみろっ!」



「「「「「おおぉぉぉぉォォォ!!!」」」」」



 戦士たちが雄叫おたけびを上げ、自らを鼓舞した。自分の意志で恐怖の感情をぶつりと切り、己を極度の興奮状態に昇華させていく。


 隻眼の騎士が率いる部隊は、恐怖を捨て去るその術にけていた。



「あらあら、随分と野蛮ですのね。ふふっ、押し倒されてしまいそう……」



 ローマリアが嘲笑を浮かべながら、わざとらしくなまめかしい声で、挑発するように言った。



「続けえぇぇぇ!!」



 隻眼の騎士を先頭に、豪傑たちが突撃をかける。



嗚呼ああ、ですけれど、わたくし強引な殿方は好みではありませんの……代わりに“この子たち”がお相手いたしますわ……御堪能あれ……」



 戦士たちによる“魔女狩り”が始まると同時に、魔女は声だけを残して、姿を消した。


 しかしだからといって、その開かれた戦端が、収まることはない。


 標的を消失した戦士たちの前に、新たな“敵”が、ちょこんと姿をのぞかせる――。



「何して遊ぶ? 何して遊ぶー?」



「せんそーごっこ、せんそーごっこー」



「ボクが隊長、やるやるー」



「ボクが槍兵、なるなるー」



「ボクが剣士、するするー」



 数十体の小さな人形たちが、“魔女の演奏会”の客席の陰から頭を出して、斬り込んでくる戦士の集団を「むむむ」と見やった。



「たいちょー! 敵はっけん、敵はっけんー」



「よーし、とつげき、とつげきー」



「ぜんたーい、すすめー」



「「「わー」」」



 パーラパーラパッパラッパ、パッパラッパ、パッパパー。


 “隊長役”の人形が、小さなおもちゃのラッパを取り出して、楽しげにそれを吹き鳴らした。



「そんなモンにイチイチ構うな! 蹴散らせ!」



「チビ人形?! あの魔女、舐めるんじゃねぇぞ!」



 隻眼の騎士の部下数人が最前列に展開して、きゃっきゃと子供のような笑い声を上げながらトコトコと走り寄ってくる人形たちに向かって、大剣を振った。



「あぶない、あぶなーい」



「よけろよけろー」



「せーの、ジャーンプ」



「「「わー」」」



 おもちゃの槍を持った人形たちが短い足でピョンと跳んで、大剣の横薙ぎをかわした瞬間――戦士たちの眼前で、大槍の鋭利な先端が鈍い光を放った。



「……は?」



 ――ドシャリ。


 そして次の瞬間には、顔面を貫かれた数人の戦士が白亜の石床に脳漿のうしょうを飛び散らせて、即死していた。


 そのむくろの上には、戦士を貫いた槍を石床に突き立てながら、人間と同じ大きさに変形した人形が馬乗りになっていた。



「なっ……?!」



 そのすぐ横にいた戦士が、何が起きたの分からず、顔を凍り付かせる。


 灰色の服とつば広帽子と手袋と靴――3頭身ほどの愛くるしい姿の状態では判然としなかったが、それは狩人かりうどが身につける類の衣装だった。なめした皮で編まれた頑丈な狩人かりうど服。目深に被られた狩人かりうど帽の向こうには、生物ではない存在の気配が漂っていた。


 ――ズシャッ。


 “狩人かりうどの人形”が戦士のむくろから大槍を引き抜くと、人形は穴のいた風船のように見る見る内に小さく縮んでいって、元の可愛かわいらしい小柄な姿に戻った。



「やっつけた、やっつけたー」



「わーいわーい」



「まだまだいるよ、たくさんいるよー」



「みんなみーんな、やっつけろー」



「ぜんたーい、とつげきー」



「「「わー」」」



 パーラパーラパッパラッパ、パッパラッパ、パッパパー。


 再び“隊長役”の人形がおもちゃのラッパを吹き鳴らして、人形たちが前進を再開する。



「くっ……! 各騎、最寄りの人形を包囲しろ! 陣形を作らせるな、各個撃破していけ!」



 隻眼の騎士が戦士たちに指示を飛ばし、戦場と化した大聖堂内は、巨漢の騎士たちが数人がかりで1体の小さな人形を取り囲むという奇妙な様相を呈していた。



「かこまれた、かこまれたー」



「もっと遊んで、もっと遊んでー」



「えい、やー、とー」



 1体ずつに分断された人形たちが、きゃっきゃと同時にはしゃぎ声を上げた。小さな人形に対してどう攻め込むか考えあぐねている隻眼の騎士に向かって、おもちゃの剣を握った人形が飛び込んでいく。


 ――ギュオンっ。


 人形がおもちゃの剣を振り下ろす動作中、その一瞬の間だけ、小さな人形が、等身大の“狩人かりうどの人形”に姿を変えて、長剣を軽々と振り回し、隻眼の騎士に一閃いっせんを放った。



「……っ!」



 激しい剣戟けんげきの音がして、隻眼の騎士が間一髪のところで“狩人かりうどの人形”の長剣を受け止める。


 そして、きゃっきゃというはしゃぎ声とともに、“狩人かりうどの人形”と長剣が小さくしぼんで、元の小さな人形とおもちゃの剣の形に戻った。



「こいつら……! 膨らんだり縮んだり……歩幅も間合いもめちゃくちゃだ……! 下手な兵士相手よりよっぽど厄介だぞ……!」



 隻眼の騎士の頬に、不快な冷や汗が流れた。

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