17-6 : 先陣

「いぃやっほーう! 行っくぜぇ! 野郎どもぉー!」



「「「「「おおぉぉぉォォォー!!!!!」」」」」



 指揮官の号令が終わるか終わらないか、隻眼の騎士の隊が自らを鼓舞するかけ声を上げた。高揚した空気に興奮した騎馬が2本の後ろ足で立ち上がり、前足を振り回す。そしてそれを合図に、先陣部隊500人が、進撃を開始した。


 戦士たちが地を踏み鳴らし、騎馬たちが大地を踏み揺らす。その轟音ごうおんは魔法使いたちの“隠匿”の魔法の庇護ひご下にあり、声ひとつ、影ひとつさえ感知することはできないのだった。



「どけどけどけえぇぇー! 門ごとぶち破られたくないやつは後ろに引っ込んでろぉぉぉ!」



 猪突猛進ちょとつもうしん。電光石火。豪快この上ない奇襲作戦に、隻眼の騎士の怒声が更に拍車をかける。


 隻眼の騎士が駆る愛馬を筆頭に、8騎の騎馬が、4騎ずつ縦2列に並び、最先頭を駆け抜けていく。その騎馬の列に挟まれて、巨大な鉛の攻城鎚こうじょうついが引かれていた。


 恐れを知らない騎士と騎馬たちが、一切速度を落とさぬままに“星海の物見台”の正門目前にまで突進していき――。



「っぶち抜けえぇぇぇっ!!!」



 ――8騎の騎馬が、示し合わせたように、一斉に急制動をかけた。


 鉛の攻城鎚こうじょうついが、突進による慣性の勢いをそのまま借りて、ぐおんと前方に飛び出した。それに合わせて、8騎の騎馬と攻城鎚こうじょうついとをつなぎ止める鎖が、騎士たちの手によって一斉に切り離される。束縛から解き放たれた攻城鎚こうじょうついが、閉ざされた門に向かって一直線に飛び、次の瞬間、耳をつんざく轟音ごうおんとともに、“星海の物見台”の正門を完全に破壊した。


 鉛の塊による大質量の体当たりを正面から受けた門は、粘土細工のようにひしゃげて変形し、巨大な蝶番ちょうつがいはその衝撃に耐えきれず根本からゴキリとねじ折れ、2枚の鉄扉がなぎ倒された。


 先陣部隊の目の前に、騎馬が横に10頭並んでも楽々と通り抜けられるほどの大穴がいた。



幸先さいさき好調ぉ! 一気に攻め込め! 野郎ど――」



 ―― …… ―― …… ―― ……。


 血気盛んな隻眼の騎士たちが上げる怒声の中に、そのは聞こえた。


 ―― …… ―― …… ―― ……。


 豪快な戦士たちの大声にかき消されそうになりながら、しかしそのはしっかりと、はっきりと、男たちの耳に届いた。


 ―― …… ―― …… ―― ……。


 それは、笛のだった。小鳥のさえずりのように美しく、乙女の歌声のようにはかなく、幻のように消え入りそうな、可憐かれんでか弱い、透き通るような笛のだった。



「……」



 隻眼の騎士が顔色を変え、部隊に手で合図を送る。すべての騎士たちが口を閉ざす中、その笛のだけが、正門内部、戦士たちの目の前にたたずむ大扉の向こう側から聴こえてきていた。


 ―― …… ―― …… ―― ……。


 笛のは、攻城鎚こうじょうついによって正門が打ち破られた瞬間にあっても途切れることなく、美しい曲を奏で続けていた。それはつまり、明けの国の魔法使いたちの術式によって、その轟音ごうおんさえも隠匿されていることを意味していた。


 ―― …… ―― …… ―― ……。


 しかし、隻眼の騎士も、くれないの騎士も、ロランも、奇襲が成功しているあかしであるはずの、大扉の向こうで奏でられる笛のを聴きながら、その心中は穏やかではなかった。


 ―― …… ―― …… ―― ……。


 その曲は、余りに穏やか過ぎた。


 ―― …… ―― …… ―― ……。


 静謐せいひつと、静寂と、静かなよろこびに満ちたその曲の余りの可憐かれんさに、騎士たちの間に不気味な緊張感が走る。


 ―― …… ―― …… ―― ……。


 聴きれる、とは正にこのことだった。音楽・芸術に疎い豪傑たちをさえ魅了するその笛のは、いつまでもそれを聴いていたいという純粋な感情を、戦士たちに呼び起こさせる――。



「……っ!」



 隻眼の騎士が、残った片目を固く閉じ、曲を追い出すように頭を振った。



「何だこれは……まさか、魔法……?」



 戦士たちの間に警戒感が広がる。



「魔法なんかじゃ、ありません」



 大扉を前に身をこわばらせる戦士たちをき分けて、“明星のシェルミア”が直々に鍛え上げた1番弟子が1人、“左座の盾ロラン”が、殿しんがりの位置から歩み出てきた。


 その手には、ロランの身体を覆い隠すほどの、1枚の大盾が掲げ持たれていた。



「これは、ただの、演奏曲です……とても綺麗きれいな、独奏曲です」



 ―― …… ―― …… ―― ……。



「魔女は、僕たちに気づいていません」



 ―― …… ―― …… ―― ……。



「ロラン……」



 ―― …… ―― …… ―― ……。



「これはただの“音”です。しっかりしてください!」



 ―― …… ―― …… ―― ……。



「お、おう……!」



 ―― …… ―― …… ―― ……。



「僕がここをこじ開けます。後ろ、頼みましたよ」



 ―― …… ―― …… ―― ……。



「……殿しんがりのお前に、その台詞せりふを言われちゃあ、一番槍の名折れだぜ……はははっ」



 ―― …… ―― …… ―― ……。



「よし行け、ロラン! 魔女をたまげさせてやれ!」



 ―― …… ―― …… ―― ……。



「はい……行きます!」



 ロランが両手で大盾を構え持ち、脚に力を込め、体重を乗せて、大扉に向かって盾の突進シールドバッシュを打ち込んだ。


 ――バダンっ!


 木製の大扉には鍵もかんぬきもされておらず、それはロランのシールドバッシュの前にいともあっさりと開け放たれた。


 それに合わせて内部に雪崩なだれ込んだ戦士たちは、その眼前の光景に息をんだ。


 豪奢ごうしゃなシャンデリア、壮大な物語を描き出したステンドグラス、柱に施された荘厳な彫刻、曇り1つない白亜の石床、絢爛豪華けんらんごうか金箔きんぱくの天井――。


 “明けの国”の王都にさえ、これほど見事な物はないと断言できる、価値をつけることもできないほどの大聖堂が、そこに広がっていた。


 ―― …… ―― …… ―― ……。


 その大聖堂の最奥、磨き上げられた銘木の舞台の壇上に、1人の女の後ろ姿があった。


 ―― …… ―― …… ―― ……。


 白亜の石床に据えられた客席を前にして、陽光が落とすステンドグラスの幻想的な輝きの中、女は舞うようにして横笛を奏でていた。


 ―― …… ―― …… ―― ……。


 舞うごとに揺れる、真っぐでつややかな、肩まで伸びた黒い髪。


 ―― …… ―― …… ―― ……。


 ステンドグラスの光に包まれた、霧のように真っ白なローブ。


 ―― …… ―― …… ―― ……。


 その薄衣うすぎぬに浮かび上がる、しなやかで女性らしい四肢の曲線美と、そこからのぞき見えるたまのような肌。


 ―― …… ―― …… ―― ……。


 うっすらと閉じられた左目のまぶたから垣間かいま見える、一切の曇りのない、吸い込まれそうな翡翠ひすい色をした瞳。


 ―― …… ―― …… ―― ……。


 そして、伸ばされた黒髪の下に隠された、それらすべての美しさをいびつにねじ曲げる、右目の眼帯。


 ―― …… ―― …… ―― ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 女の奏でる横笛の独奏曲が、終曲を迎える。


 ――パチパチパチパチ。


 ――パチパチパチパチ。


 ――パチパチパチパチ。


 客席にちょこんと腰掛けている人形たちが、宙に浮かんだ手袋を一生懸命に動かして、長い長い拍手を女に送った。


 そして、その演奏舞台を唖然あぜんとなって見やっている戦士たちに向かって、女がローブの裾を持ち広げ、右脚を左脚の後ろに回して、優雅な動作で頭を深く下げて見せた。


 ……。


 ……。


 ……。



「……人間の皆様、ようこそおいでくださいました……ふふっ」



 西の四大主“三つ瞳の魔女ローマリア”が、クスクスと小さく笑った。

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