17-5 : 誰がために

「うっし、準備できたな」



 隻眼の騎士が、巨体を誇る自身の愛馬の上から言った。


 “星海の物見台”攻略に向け、その先陣を切るは、隻眼の騎士・くれないの騎士・そして“左座の盾ロラン”ら3人の上級騎士が率いる3隊、総勢500名である。



「……」



 くれないの騎士も、自前の騎馬にまたがりながらうなずいてみせる。“特務騎馬隊”の騎馬もまた、そこに所属する騎士たちと同じく、深紅の騎馬鎧に身を包んでいた。


 そしてその横で、くらの上のロランが、険しい顔つきで口を真横に結んでいた。



「……ロラン、聞いてるか?」



 隻眼の騎士が、ロランの横顔に声をかける。



「……はい、聞こえています」



 そう口にするロランは、じっと前を見据えているばかりで、隻眼の騎士に目を向けないまま応えた。



「肩に力、入れ過ぎんなよ。肝心なときに腕が回らなくなるぞ」



「問題ありません」



 心ここにあらずといった調子で、ロランが無感情な声で言った。



「まぁ……無理にとは言わねぇけどな、こういうときはしっかり深く呼吸するよう意識しとけ。何事も――」



「――問題ありません!」



 隻眼の騎士の言葉を、ロランが語調の強い声で遮った。ひど苛立いらだち、生き急いでいるような声音だった。


 突然声を荒げたロランに、隻眼の騎士は目を丸くした。


 ロランが、手甲をつけた手で口元を覆い、自重する素振りを見せた。



「……すみません。気がたかぶっていたようです……」



 はっと我に返ったロランが、低い声で繕ってみせる。


 ロランの精神状態が落ち着いていないことは、隻眼の騎士から見ても明らかだった。



「……シェルミア様の件、引きずってんのか?」



 隻眼の騎士が、思い切って口を開いた。



「“右座”と“左座”の双子と言やあ、騎士団の中でも有名だ……まだ十代だった頃のシェルミア様が直々に鍛え上げた、1番弟子ってな……。シェルミア様のことは……。……。すまん、言葉にできないな……」



 ロランが、隻眼の騎士に重い視線を向ける。



「……あなたも、シェルミア様のことを“そういう目”で見ているんですか……?」



 ロランのその言葉を聞いて、隻眼の騎士が大きくめ息をついた。そして愛馬の手綱を引いてロランの騎馬の横につけると、抑えた声で耳打ちした。



「ロラン……こういう場で、そういうことを口に出すのはしておけ。もうここは、シェルミア様が引っ張ってきた騎士団じゃないんだからな……」



 隻眼の騎士の耳打ちを聞いて、ロランが歯をみしめた。



「……でもまぁ、お前の気持ちはよく分かる」



 ロランの肩を手でつかんで、隻眼の騎士が言葉を続ける。



「あんまり大声で言えないけどな、俺もシェルミア様はめられたと思ってるクチだ。あのシェルミア様が、謀反なんてたくらむわけねぇだろ。俺だけじゃない。少なくとも俺の隊の野郎たちは、全員そう思ってる。シェルミア様のことをずっと尊敬して、慕ってきたし、今でもそれは変わってねぇよ」



 ロランがこちらに目を向けたのを確かめて、隻眼の騎士が更に続けた。



「アランゲイルのことをいけ好かないと思ってるやつが、ウチには多くてな。隊長の俺はハラハラしてんだ。いつか隊のどいつかがあの野郎に殴りかかるんじゃないかってな。まぁ、1番ぶん殴りたいと思ってるのは、多分俺だけどな、はははっ」



 隻眼の騎士の闊達かったつな物言いを聞いて、ロランが口元をふっと緩めた。


 そして最後に、隻眼の騎士がロランの背中を力強くたたいた。



「そういうわけで! お前のことは頼りにしてるからな、ロラン! だからお前も、俺のことを頼りにしろ! 背中は任せるぜ!」



「はい、任せてください」



 吹っ切れたような表情を浮かべて、ロランが隻眼の騎士の目を見て言った。



「よしよし。ここでひと働きして、いっちょシェルミア様に恩赦の手土産でも持って帰ろうじゃねぇか! それじゃ俺は、先陣中の先陣、正真正銘の一番槍を頂くからな! 次に会うときは“塔”の中だ! また後でな、ロラン」



 ――。



 豪傑ぶりを振りく隻眼の騎士が先陣部隊の先頭に去った後、その場に残ったロランは、騎馬の手綱をぐしゃりと握りしめた。



「……シェルミア様の、ため……?」



 それまで無理やり繕っていた作り笑顔が、すべて溶けて、消えていく。無表情となったロランの目にだけ、乾いた殺意の感情が取り残されていた。



「……。違いますよ……僕は……そんなに義理堅くも、誇り高くも、ないです……。……僕は……」





 ***



 先陣を切る500人の騎士たちの士気が上がっていくのが分かる。


 最前列に布陣した隻眼の騎士が率いる隊は、戦場の高揚感と血の気の多さで、全身からその闊達かったつぶり・豪傑ぶりがうかがえた。


 中央に布陣するくれないの騎士が率いる“特務騎馬隊”は、無言のままであったが、無言ゆえの静かな威圧感を放っていた。深紅の装甲をまとった騎馬が、興奮した様子で地面をひづめで引っき回している。


 そして殿しんがりを務めるロラン率いる重装歩兵隊は、ただ物静かに、冷静な目を前方に向けていた。


 ……。


 ……。


 ……。


 沈黙したままの“星海の物見台”に、指揮官が剣先を向け、そのときがやってくる――。



「――ゆけ! 最も誉れ高き武勲は、先陣を切る貴様らのものだ! 一番槍を担う騎士たちよ! なんじらに勝利と栄光を!」

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