14-2 : 夜に這いて
――同日。夜間。騎士団宿舎通路。
「……」
昼間執り行われた国葬の儀で、ニールヴェルトと連れだっていた物言わぬ騎士が、やはりこの場でも無言でじっと立っていた。
物言わぬ騎士は、もう祭礼用の
騎士が今身につけているのは、装飾が施され実用性を欠いた祭礼用の
その
“特務騎馬隊”。シェルミアが団長権限を剥奪され、その権限がアランゲイルに移ると同時に、宰相ボルキノフがどこからか手引きしてきた騎士たちの総称である。その規模は数百人。その指揮権は騎士団“総隊長”に着任したニールヴェルトに一任され、独立した部隊として編成されていた。
特務騎馬隊の騎士たちは総じて口数が少なかったが、その
「……」
通路に独り、無言のまま立っている
扉の向こうは
「……」
その扉の前で、
――パチンッ。
扉の向こう、
「……」
その音を聞いても、
ガチャリ。
扉が開く音がして、そして人影が1つ、
「……」
その段になってようやく、
長身の
人影は、激情でギリリと
「……っ!」
人影は自分の感情を抑えられなくなっているようで、
通路にわずかに差し込む月明かりに、はだけた服から
「くくく……ははは……」
開け放たれたままになっていた扉の中から、アランゲイルの忍び笑いが聞こえた。
人影の銀色の髪が、月明かりを反射して輝いていた。
***
――同日。夜間。
バシャッ。
宵闇に隠れて、水の
バシャッ。バシャッ。
何度も何度も、水を
ガシッ、ガシッ、ガシッ。
水の
長い時間、その2つの音がずっと、夜の闇の中で繰り返されていた。
――騎士団宿舎。入浴場。
「……気持ち悪い……気持ち悪い……」
ガシッ、ガシッ、ガシッ。
「気持ち悪い……気持ち悪い……気持ち悪い……!」
バシャッ。バシャッ。
何度も何度も冷たい水を被り、銀色の髪を
「落ちてよ……消えてよ……」
夜の冷気に当てられた冷たい水を、頭から何度も被ったエレンローズの身体は冷え切っていた。しかしエレンローズはそんなことはお構いなしに、何かに取り
そして、もう何度目かも分からない水を
バシャリと、水が浴場の床に飛び散る音がして、
「……何でよ……何で、消えないのよ……」
自分の腕を抱き寄せて、冷え切った身体を縮こまらせて、エレンローズが喉から声を絞り出すように
「……消えてよ……お願い……」
「(……シェルミア様……)」
涙で喉が潰れたエレンローズは、憧れの人のその名前を、声に出すことができなかった。
***
――同日。深夜。双子の寝室。
ギィィ。と、寝室の扉が静かに開く音がした。
「(……姉様?)」
ベッドに横になって、目を閉じたまま、まどろんだ意識の中でロランが姉の気配を感じ取った。
――こんな時間まで、どこにいたの? 姉様。
パタン。と、静かに扉が閉められる音がした。
――姉様……僕、心配だよ……シェルミア様にあんなことがあってから……。
ペタリ、ペタリと、エレンローズの力ない足音が近づいてくる。
――何だか、姉様が、別人になってしまったような感じがする……。
ペタリ、ペタリ。エレンローズの引きずるような足音が、ロランの耳に更に大きく聞こえてくる。
――姉様……僕、姉様のことが、分からないよ……何だか、怖い……。
……ペタリ。ベッドの上で横になっているロランの前方で、エレンローズの足音が止まった。
なぜかロランは、起きているのに、目を開けることができなかった。
目を閉じていても、ロランには、姉の視線がこちらを向いているのがはっきりと分かる。
「……ねぇ」
塞がった喉の隙間から、空気が漏れ出るような声がした。
「……起きてる……? ロラン……?」
エレンローズのかすれた声が、弟を呼んだ。
「……」
姉のその弱々しい声を聞いて、ロランは言葉を返すことはおろか、目を開けることさえ戸惑った。
……。
「……うん……起きてるよ、姉様」
どれだけの沈黙が続いたか分からなくなるほどの間を置いて、目を
バフッ。と、エレンローズがベッドに倒れ込む音がした。倒れ込んだ反動で、ロランの身体が揺れた。
エレンローズが身体を倒したのは、自分のベッドではなく、ロランが横になっているベッドだった。
ロランが驚いて、びくりと身体を
ゴソゴソ。と、エレンローズがシーツに潜り込む、
湿った銀髪がロランの首を
「……!」
姉の冷え切った体温をその身に感じて、ロランは驚きの余り目をぱちりと開いた。
「姉様、どうしたの……!? こんなに冷たくなって……! あ……」
月の弱い光だけに照らされた薄暗闇の中で、目の前に横たわる姉の姿を目にしたロランは、驚いて言葉を失った。
エレンローズは、水を浴びてそのまま身体を拭かずに寝間着を着たらしく、全身がびしょ
「姉様……! 早く身体を拭かないと、身体を壊しちゃうよ……! それに、その傷、何があった――」
エレンローズが
「……ね、姉様……?」
困惑したロランが、おそるおそる姉を呼んだ。
「……。……ぎゅってして……」
ロランの胸に顔を埋めているエレンローズが、か細い声で言った。
「え……?」
「……ぎゅってして、お願い……。……すごく寒いの……ロラン……」
ロランの胸の中で、エレンローズが消え入りそうな声で
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